情熱が生んだハイテンション弁当
会議、打ち合わせ、来客、スタジオでの撮影が続き、食事することすら忘れるほど忙しくなってきた。
「今日は遅くなりそうだから、ハイテンション弁当5つ注文しといてね」とアシスタントに伝えた。ロケや残業用に用意するお弁当は、「Kanda食堂」(京都市下京区仏光寺通烏丸東入る)のものと決めている。忙しい時ほど、きちんとしたものを食べたい、と思い、探し当てた。このお弁当の本当の名前は「健康美彩弁当」だが「食べると、よーし、もうひと頑張り!てテンションが上がりますね」というスタッフの言葉から、いつしかハイテンション弁当と呼ぶように。先日も仕事をご一緒させていただいた東京のテレビ局の方から「先日、用意してくださったハイテンション弁当、美味しかった。次回の京都撮影で30個頼みたいのでお店教えてください」という電話があった。
作っているのはオーナーの神田ゆみさん。下着会社、化粧品販売などを経てメークアップアーティストに。小学生低学年の子を持つシングルマザーだったから、懸命に働き続けた。無理がたたって呼吸困難に陥る難病で倒れた。医者にも見放され、最後の手段だと思って取り組んだ食事療法が功を奏して完治した。食べることは、こんなにも大切なことだったのか。健康ならヤル気も出てくるし、美しくもなれる。
2010年に現在の場所にエステティックサロン、スタジオ、カフェと惣菜屋を一つにしたトータルビューティーサロンを開いた。調理師の資格は得たが、飲食店経営の経験はない。
揚げ物は業務用油を使わず、毎回新しい油を使って鍋で揚げる。栄養士や医者と相談してメニューを考えて栄養バランスを重視し、塩分を控える。五味を大切にしてレモン、はちみつ、ハーブなどで味付けをする。添加物は加えないーといった決まり事を作った。もちろん、今でも続けている。
エステティシャンとして働きながら、毎日、違うメニューのお弁当とお惣菜を店に並べた。「店で数時間の仮眠が続き、売れない惣菜とお弁当を作り続けました。カフェにも人が来ない。残ったお弁当をゴミ箱に捨てながら、夜中に毎晩、ひとりで泣きました。けれども、弱っている人に自分と同じように食べることで元気になってもらいたい。だからやると決めたんやろ、と自分に言い続けました」と神田さんは当時を振り返る。
転機は5年前。ふと、子供の頃、何気なく見ていた朝の連続ドラマのワンシーンを思い出した。おにぎりの行商で主人公が商売の基礎を作る内容だった。貧困の中で母親に虐待を受けて育った神田さんは、家の前を定期的に通る近所のおばさんにもらったおにぎりで数日を過ごした思い出がある。おばさんが通るのが待ち遠しくて仕方なかった。そうだ、自分が精魂込めて作ったお弁当をワゴンで売りに回って知ってもらおう、ついでに配達もしよう、と決めた。回り始めてすぐに口コミで人気が広がった。
「小さなところにこだわります。鍋、まな板、グラスを洗うスポンジも拭くふきんも、それぞれ変えています。おいしいご飯を出したいからお米は10人分ずつステンレス鍋で炊きます。炊飯器は別の用途で使うくらいです。このサロンをトータルで美と健康を考える交流場にしたいのです」という神田さん。
そのこだわりと情熱を注いだお弁当とお惣菜は、確実にファンを増やし続けている。
※Kanda食堂 → http://kanda-syokudo.com/index.php
◆Writing / 澤 有紗
著述家、文化コーディネーター、QOL文化総合研究所(京都市上京区)所長。
京都、文化、芸術、美容、旅や食などなどをテーマに雑誌・企業媒体誌などの編集・執筆を担当するほか、エッセイなどを寄稿。テレビ番組や出版のコーディネート、国内外の企業の京都、滋賀のアテンドも担当。万博の日本館にて「抗加齢と日本食」をテーマに食部門をプロデュースするなど、国内外での文化催事も手掛ける。コンテンツを軸に日本の職人の技や日本食などの日本文化を「経済価値に変える」「維持継承する」ことを目的に、コーディネート活動を行っている。
主催イベントとして、日本文化を考える「Feel ! 日本 -日本を感じよう-」と、自分を見つめ直しQOLを高める「Feel ! 自分-QOL Terakoya Movement ? 」を定期開催。
https://www.qol-777.com