「京都の宝」と謳われるミシュラン三ツ星料亭から独立。でも、なぜか居酒屋
京都の四条通りから観光客であふれる寺町通りを北へ歩き、錦通りを越えてすぐの角を西に曲がる。すれ違うと肩が当たりそうな細い路地沿いにある居酒屋「めいてい」。
「あの店、もう行った?」と、京都でちょっとした話題になっているのは、34歳のオーナー兼料理人の太田充俊(あつとし)さんの独立前の修行先にある。ミシュランガイドで堂々と三ツ星を守り続けている名割烹「千花(ちはな)」の出(京都では、修行先の名前の後に「出(で)」をつけて〇〇の出、という)であるということだ。千花は、ミシュランが日本に来る以前から「京都の宝」と称えられ続けてきた名店で、国外からも有名なシェフや各国の超VIPなどが、わずか8席のカウンター席に集う。先代から取材はほぼお断り、テレビ出演などの派手な事には興味なしという姿勢を貫いていて、いつもピリピリとした心地よい緊張感が漂う。今の代になり、ここから独立して自分の店を持ったのは、わずか2人しかいない。
ある日、千花の女将さんから連絡があった。
「うちで預かって、12年間働いた子が独立しました。よろしければ行ってやってください。場所は…」
「(おーっ、3人目誕生!)場所はどこですか?」
「錦市場の近くで、居酒屋を…」
「えっ、割烹ではなくて?」
「女性一人でも入れるようなこじんまりした居酒屋です」
京都で、三ツ星の有名店で修業して独立した日本料理店といえば、スタートからして有利なのに、なぜゆえ居酒屋?
午後5時。扉を開けると、すでにほろよい気分になっている一人客が2人。カウンター11席。メニューは季節のもの約20種、550円(税込)から。鶏肝煮、白魚と菜の花あえなど。飲み物は日本酒と焼酎が中心。千花では、カウンター前で客と話しながら料理を整えて出すのは大将とナンバー2の役目。煮物や焼き物などの下ごしらえは奥の厨房で数人が黙々と行う。北海道の高校から進んだ料理の専門学校を卒業して入店してから太田さんは12年間、ほぼそこにいた。話術のパフォーマンスは覚えられなかったが、客に出した後に少し残ったものを食べる機会にあふれていた。時々、大将に「コレ、食べてみ」と呼ばれ、少ない言葉で教わった。普段に美味しい料理を食べてもらうために、客が毎日でも通える居酒屋をいつかは開く、と最初から決めていた。
辞めて店舗をみつけるまでに1年かかった。すでに独立した先輩から「店探しは妥協するな」と言われ、根気よく探しつつも焦りだした矢先に、ショットバーで隣に座った人から「大事に使って欲しい物件がある」と紹介されたのがここだった。カウンターや厨房には50年以上使われていたとは思えない輝きがあった。一人で小料理屋を営んでいたおばあさんが大切にしていた店で、常連の憩いの場所だった。紹介してくれた人も、この店の常連で閉店をとても残念に思っていたのだ。主がいなくなった空間に、その思いのみなぎりと温かさを感じ、即決した。
開店時間を午後3時に決めたのは、フレックスタイムで働く人が通える店が少ないから。店の名は、ひどく酒に酔う「酩酊」ではなく、ほろ酔い気分でいて欲しいから、ひらがなにした。店を開いてすぐに、お世話になった千花の大将と女将さんを招待した。「まずは健康や。体を大切にして、やるからには店は閉めんように続けなさい。そして、お前はちょっと短気やから気をつけて頑張れ」と言ってくれた。13年目にして初めて、ゆっくりと話せたような気がした。
居酒屋とはいえ、作る料理は本格派。千花なら夜の一番安いコースでも20,000円は下らない。その流れを汲む一品を求めて、客はいそいそと、今日も白いのれんをくぐる。
めいてい
京都市中京区寺町通り錦上ル西入ル
TEL:075-221-2750
営業時間は15時〜23時、不定休。カウンター11席、カード可。
◆Writing / 澤 有紗
著述家、文化コーディネーター、QOL文化総合研究所(京都市上京区)所長。
京都、文化、芸術、美容、旅や食などなどをテーマに雑誌・企業媒体誌などの編集・執筆を担当するほか、エッセイなどを寄稿。テレビ番組や出版のコーディネート、国内外の企業の京都、滋賀のアテンドも担当。万博の日本館にて「抗加齢と日本食」をテーマに食部門をプロデュースするなど、国内外での文化催事も手掛ける。コンテンツを軸に日本の職人の技や日本食などの日本文化を「経済価値に変える」「維持継承する」ことを目的に、コーディネート活動を行っている。
主催イベントとして、日本文化を考える「Feel ! 日本 -日本を感じよう-」と、自分を見つめ直しQOLを高める「Feel ! 自分-QOL Terakoya Movement ? 」を定期開催。
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