5月14日、“わが街のオーケストラ”兵庫芸術文化センター管弦楽団(PAC)の第88回定期演奏会は、いつもと違う始まり方をした。
照明が暗く落とされた舞台に、楽団員たちがしずしずと集まり、本公演の指揮者の下野竜也も神妙な面持ちで登場。場内アナウンスが「演奏会の前に、先月、熊本を中心に起こった地震の被災者の皆様に献奏を行います。演奏が終わっても拍手はなさらないでください」と告げ、厳かにバッハの「アリア」が始まった。
そうだ。この劇場とこのオーケストラは、21年前の阪神・淡路大震災からの復興のシンボルとして2005年に歩み始め、心の復興を掲げて活動してきた特別な劇場と楽団だ。中国の四川大地震の時も、東日本大震災の時も、いち早く被災者たちに心を寄せて動いていた。いま熊本や大分で突然の大地震に茫然自失している人々の姿は、ホールを埋める聴衆たちの多くのかつての姿でもあった。だからこそ、それぞれの胸に特別な思いを抱いて「アリア」を聴き、演奏が終わった静寂の中で、しばしホールには祈りの気が満ちた。
演奏会は、五月晴れの美しい季節にふさわしい美しい曲を散りばめながら、意欲的な下野らしいプログラムだった。
ボッケリーニ(ベリオ編曲)「マドリードの夜の帰営ラッパ」は遠くから夜警隊が近づいてきて力強く行進して去っていく情景を音楽で描いた作品。スネアドラムのかすかなリズムで始まり、80余人の大編成のオーケストラが大音量を響かせ、また静かになっていくドラマチックな構成だった。ベルリン・フィルの第1コンサートマスターを務めた長身のコリヤ・ブラッハーをソリストに迎えてのブリテン「ヴァイオリン協奏曲」は、演奏機会は少ないが美しい曲。今夏の佐渡オペラ「夏の夜の夢」もブリテン作曲だけに期待が高まった。ブラッハーはアンコールにバッハの「サラバンド」を演奏。卓越した演奏技術に目を見張った。
後半は、異なる作曲家によるバッハ作品の編曲を交響曲風に構成したオリジナルプログラム。大編成の「幻想曲とフーガ」(エルガー編曲)から一転して弦楽5部の「おお人よ、汝の大いなる罪を嘆け」(レーガー編曲)、「ジーク風フーガ」(ホルスト編曲)と続き、最後は日本が誇る齋藤秀雄編曲の「シャコンヌ」。細部に日本的な情緒が薫る佳品だった。
演奏会終了後、出演者らはロビーで熊本地震への義援金募金を呼びかけ、多くの聴衆が応じていた。
私たちの街に、この劇場とこのオーケストラがあることの意味を、あらためてかみしめた演奏会の一日だった。
(大田季子)