気温がぐんぐん上がった5月25日土曜、兵庫芸術文化センター管弦楽団(PAC)の第115回定期演奏会は、毎年のように定期演奏会でもタクトを振るう井上道義の指揮。今回は、アメリカ大陸の2人の作曲家を取り上げたユニークな演奏会だった。
始まりから2曲はメキシコ人作曲家アルトゥーロ・マルケス(1950-)の作品。まずは大編成オーケストラでノリの良い迫力ある「ダンソン 第2番」。吹奏楽愛好家に絶大な人気を誇る曲と解説にあったが、曲を聞けば「そりゃそうだ」と納得できる。管楽器とパーカッションが実に楽しそうに演奏する。ミッキーこと井上道義の指揮も、まるでダンスを踊っているよう!
ノリノリの10分の後に登場したソリストは、ベネズエラ生まれのパーチョ・フローレス。「無償で音楽教育を受けられることで青少年の健全育成に寄与した」と世界的に評価されている同国のプロジェクト、エル・システマ出身で、まだ30代のトランペット奏者だ。披露するのは「トランペットのレパートリーを広げたい」という彼の発案で、PACとメキシコ・アメリカ・スペインの計4楽団がマルケスに共同委嘱した「トランペットとオーケストラのための『秋のコンチェルト』」。これが日本初演だ。
自身が3本、井上マエストロにも1本の楽器を持たせて登場したフローレス。ソリスト席の前に並んだ4本のうち1本はトランペットではなく、フリューゲルホルンという楽器という。期待を込めて舞台を見つめる聴衆の前で3楽章からなる20分余りの曲が始まった。
第1楽章「光のソン」は、これぞトランペットの真骨頂とでもいうべきダイナミックでパワフルな曲調。「ソン」は民族舞曲の意味だそうだが、華やかな音が惜しみなくホールに響き渡る。感動した聴衆から思わず拍手も起こった。一転して第2楽章「フロリポンディオのバラード」は、オーケストラと掛け合いながら哀調を帯びた調べが続く。トランペットが奏でる音色の多彩さに目を見張る。「フロリポンディオ」は人名ではなく花だそうだ。最後の楽章「フローレスのコンガ」で、再び陽気な活気が戻る。フローレスの息遣いまで耳元で聞こえてくる。「コンガ」は打楽器の名でもあるが、アフロ・キューバ起源のダンスの意味もあるという。
何度もステージに呼び戻されたフローレスは2曲のアンコール曲で聴衆に応えた。最初の曲はアントニオ・ラウロ「ワルツ第3番」と演奏者自身が作曲した「ワルツ・モロコタ」を編曲した作品。もう1曲も演奏家自身が作曲した「Cantos y Revueltas」だった。トランペットが好きで、音楽が好きでたまらないと全身でアピールしたフローレスに、PACも熱い共感を伝えていた。
オーケストラは、ニューヨーク生まれの作曲家アーロン・コープランド(1900-1990)の作品を演奏。最初はバレエ組曲「ロデオ」から “土曜の夜のワルツ”と“ホー・ダウン”の2曲。物語はシェークスピアの喜劇「じゃじゃ馬ならし」を彷彿させる筋で、アメリカのカントリーミュージックを想起させるメロディーも織り込まれていた。
続いては西部劇の無法者を主人公にしたバレエ音楽「ビリー・ザ・キッド」。拳銃を撃ち合うシーンの音楽表現は圧巻だった。どちらの曲もパーカッションが大活躍し、ピアノの音が印象に残った。
オーケストラのアンコール曲は、「アメリカのボストン辺りをイメージした曲かな?」と井上マエストロの紹介で始まったアンダーソン「プリンク、プランク、プルンク」。弦楽器がピチカートで奏でる楽しい曲だった。帰路の聴衆のさざめきの中から聞こえてきた「定期演奏会って、知らない曲に会えるからいいと思うのよね」という声に「その通り!」と一人こっそりとうなずいた。
ゲスト・コンサートマスターは田野倉雅秋(大阪フィルハーモニー交響楽団首席コンサートマスター、名古屋フィルハーモニー交響楽団コンサートマスター)。ゲスト・トップ・プレイヤーは、ヴァイオリンの横山俊朗(NHK交響楽団第2ヴァイオリン フォアシュピーラー)、ヴィオラの柳瀬省太(読売日本交響楽団ソロ・ヴィオラ)、チェロの向井航(関西フィルハーモニー管弦楽団特別契約首席)、コントラバスの加藤正幸(元東京フィルハーモニー交響楽団副首席)、トランペットの佐藤友紀(東京交響楽団首席)、ティンパニの安藤芳広(東京交響楽団首席)。スペシャル・プレイヤーは、PACのミュージック・アドヴァイザーも務めるヴァイオリンの水島愛子(元バイエルン放送交響楽団奏者)、バスーンのライナー・ザイデル(バイエルン放送交響楽団奏者)とホルンの五十畑勉(東京都交響楽団奏者)。PACのOB・OGは、ヴァイオリンで5人、ヴィオラ、チェロ、クラリネット、トロンボーンでそれぞれ1人が参加した。(大田季子)