【précieux 京都】#21 たどりついた、蕎麦。気負いなし。こだわりと自負は少々あり
kiln SOBA(キルン そば)=京都市下京区西木屋町四条下ル船頭町194 村上重ビル2F

precieux京都

もりそば 900円
輝くような蕎麦。そば粉は信頼する粉屋さんから届けてもらう。もりそば900円

 阪急「京都河原町駅」から歩いてすぐの蕎麦屋「kiln SOBA」は、気が短い人には向いていない。急いでいる時、空腹でとにかく素早く蕎麦を食べたい時には行かないほうがいい。今年28歳になる吉田健人さんが一人で営んでいる上に、ディナーだけ営業する広いフレンチ店「kiln」を昼だけ借りていることもあり、動きが効率的とは言い難い。決して急かずマイペース。どんなに客が立て込もうと盛り付けまで時間をかけて仕上げる。だから20分くらいは待たされる覚悟で訪れなければ。そのかわり、長々と話し込んでも、お茶をお代わりして食後に本を読んでも、子ども連れでも気兼ねなく居ることができる。

厨房の様子
吉田さんは「うちを使ってみたら」と言ってくれたレストランのオーナーとスタッフに感謝し、改めて人との交わりの大切さを知ったそう。洋風の空間でも違和感ない道具や食器選びは、大学で学んだプロダクトデザインが生きている
看板
この看板が目印
調味料
調味料も製造元まで訪ねて吟味したもの
眼下に高瀬川
眼下に高瀬川。春になれば窓の外は満開の桜がまじかに

 京都生まれ。母方の祖父は日本料理の板前。両親は美容師。専門技術で相手を満足させる職人の大人に囲まれて育った。小学校から高校まで続けたサッカーも、美大で学んだプロダクトデザインも「極めたい」という情熱がわかなかった。何かを求めて心はさすらい、自分探しのためにワーキングホリディでオーストラリアへ。インテリア業界に入るためだったが、偶然に働いたレストランでの経験が「食」への道にいざなった。食べることは幸せにつながる。和食は修行が必要だから、蕎麦を打つことから始めて、そこから発展しようと決めた。

 帰国後すぐから長野を中心に何十件も蕎麦屋を巡り、修行先を探した。惹きつけられる店と蕎麦に出あえず、落胆していた吉田さんに「kiln」の当時のシェフが「あそこの蕎麦はシビれるよ」と連れていってくれたのが信楽にある伝説の店「黒田園」だった。食べた瞬間、これだと思った。五感が満たされて心が豊かになるような思いがした。どうしても、ここで蕎麦を習いたいと思うほど感動した。店で働くなら必要だと思って車の免許を取り、黒田園の近くにアパートを探しているうちに1カ月が経った。意気揚々と店主の黒田直宏さんを訪ねたが4時間話し込んだ末に断られた。蕎麦は奥が深く、打つ人の生きる姿勢までも問われる。生産者や業者などすべての人に感謝して、その人を思いやり、当たり前のことをコツコツと重ねられなければ無理。食べた人が満足してくれる蕎麦は簡単にできるものではないよ、世の中を甘く見過ぎている、と。

そばについて
1日20食のみ、丁寧に仕上げる。のど越しなどがベストと師匠に習った九一蕎麦。気候や自分の体調に合わせて毎朝、打つ。「そば粉に水を加えた瞬間に命が宿ります」

 しかし。次の日に再度訪れて「昨日からずっと考えて、昨日の話は理解できたと思うので修業させてください」と頼んだ。じっと聞いていた黒田さんは「1カ月半後に来て」とだけ言って店の奥に消えて行った。最初の半年間は皿洗いと掃除や接客のみ。そば粉を触らせてもらうようになって、他人を思う事が出来る人のみが、感動できる蕎麦を生むことができる、という師匠の言葉がだんだん理解できるようになった。仕事が終わって帰宅後、アパートで店の古い道具を借りてほぼ毎日、蕎麦打ちを練習し続けた。最後まで具体的に教えてもらうことはなく、自分を見て何が大切かを学べ、と言われた。だから、見落とすまい、聞き逃がすまい、と思って拾った情景や言葉が自分に力を貸してくれた。1年ほど経ったある日、師匠から「おまえは一人でやってみたほうがいい。見えてくる世界が違ってくる」と言われた。考えた末に京都に戻ることにした。

 その師匠は、今もときどきふらっと店に来て吉田さんの蕎麦を食べて、何も言わずサッと帰っていく。「蕎麦職人としては、フルマラソン(42.195㎞)に例えたら最初の5㎞くらいを走っている感じ。掘っても、掘っても終わらない奥が深くて先が見えない穴掘りのようです。黒田さんの蕎麦は、いつ食べても100%同じ出来上がりで、本当においしい。僕の蕎麦は、日によって微妙に味や触感が違います。まだまだです。今でも修業中で、師匠に認めていただいたとは思ってないです」

寿司セット
毎朝、鞍馬まで汲みに行く湧水で出汁をとる。好きな蕎麦にプラス450円でいなり寿司セットに。いなり寿司や小鉢のおかずは、すべて当日の朝に作る。辛み大根みぞれ蕎麦1,200円

 

※kiln SOBA
〒600-8091 京都市下京区西木屋町四条下ル船頭町194 村上重ビル2F
TEL:075-353-3555 平日11:00-14:30 土・日・祝 12:00-14:30 いずれも売り切れ次第終了。水曜定休。

 


◆Writing / 澤 有紗

著述家、文化コーディネーター、QOL文化総合研究所(京都市上京区)所長。

京都、文化、芸術、美容、旅や食などなどをテーマに雑誌・企業媒体誌などの編集・執筆を担当するほか、エッセイなどを寄稿。テレビ番組や出版のコーディネート、国内外の企業の京都、滋賀のアテンドも担当。万博の日本館にて「抗加齢と日本食」をテーマに食部門をプロデュースするなど、国内外での文化催事も手掛ける。コンテンツを軸に日本の職人の技や日本食などの日本文化を「経済価値に変える」「維持継承する」ことを目的に、コーディネート活動を行っている。

主催イベントとして、日本文化を考える「Feel ! 日本 -日本を感じよう-」と、自分を見つめ直しQOLを高める「Feel ! 自分-QOL Terakoya Movement ? 」を定期開催。
https://www.qol-777.com

 

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