製作期間4年、総移動距離12万キロ。日本、フランス、ドイツ、スウェーデンの4カ国で知的障がいのある人たちの活動について取材したドキュメンタリー映画「Challenged/チャレンジド」が9月11日(金)からシネマート心斎橋で公開中だ=25日(金)からはアップリンク京都 でも公開。観終わった後、とても不思議な幸福感に包まれ、清々しい気分になれる味わい深い作品だ。
監督は知的障がいのある人たちにカメラを向けて、彼らが何かに打ち込み楽しみながら生きる姿を様々な状況と場面でとらえたドキュメンタリー映画を作ってきた小栗謙一さん。タイトルについて「欧米では知的障がいのある人のことをChallengedといいます。アメリカで生まれた言葉で、チャレンジすることを与えられて生まれてきた人という意味で、受動形ですが、とても前向きな言葉だと思います。少し考えてみると、チャレンジすることを与えられて生まれてきたという意味では、すべての生命がそうではないでしょうか」と説明した。
「最初の編集では28時間あったのを最終的に90分ぴったりにした。そこはこだわったんです」と話す小栗監督。滋味豊かなスープのように、いろいろな要素が溶け込み、濃縮された最新作には、前作「幸せの太鼓を響かせて~INCLUSION(インクルージョン)~」(2010)に続き、知的障がいのある人たちが結成したプロの演奏家集団「瑞宝太鼓」が登場する。
フランス・ナント市で1年後に開かれる芸術祭で彼らが新曲を披露するための練習を始めると聞いて、小栗監督は2016年にカメラを回し始めた。
瑞宝太鼓を指導し、作曲を手掛けるのは、元「鬼太鼓座(おんでこざ)」のリーダー・音楽監督の時勝矢一路(じしょうや・いちろ)さん。熱血漢の時勝矢さんは自宅のある兵庫県から瑞宝太鼓の本拠地・長崎県雲仙市まで車でやって来る。新曲「天地長久」の楽譜を届けに来たシーンでは、時勝矢さんと団員たちの弾む気持ちと興奮が、見る者にストレートに伝わってくる。
「彼らの演奏の素晴らしさは、すでに前作で描いたので、今度はヨーロッパの知的障がいのある人たちの概況も映画に取り入れたいと思った」。そこから旅するカメラはロードムービーのような趣を呈してくる。
フランスでは、チャレンジドたちが参加するヒップホップのグループ、支援サービス機関、シテ・デ・コングレで瑞宝太鼓が演奏した2017ジャパン×ナントプロジェクト、文化芸術で都市を再生する政策を進めた元ナント市長で首相、外相経験もあるジャン・マルク・エローさん、日本のアール・ブリュット展を開催したナント市の文化施設リュー・ユニック館長らを取材。
ドイツでは、ダウン症の俳優が所属する劇団の創設者と団員、優生思想に基づきヒトラーが進めた「T4計画」を伝えるハダマー記念館長らを取材。
スウェーデンでは、障がいをもつ当事者の組織やグループホーム、発言し、政治家を目指す当事者らを取材した。福祉先進国といわれるスウェーデンとノルウェーは、1960~70年代には世界的潮流だった障がい者のための収容型施設を2003年に全廃。支援のしくみを整え、地域で暮らせる仕組みをいち早く作った。
瑞宝太鼓の母体である社会福祉法人南高愛隣会も、現在は収容型施設を閉鎖。雲仙、諫早、長崎、佐世保、島原の5市に広がる150棟のグループホームを中心に約1,000人の利用者を600人のスタッフが支えている(そのシステムは厚労省では先進の「長崎モデル」として知られているが、日本にはまだ40の収容型施設があるという)。
文字にすると小難しく感じてしまいそうな、膨大な情報量を伝える映像が、瑞宝太鼓の支援者の一人、指揮者の小林研一郎さんとチェコ・フィルハーモニー管弦楽団が演奏するベートーヴェンの交響曲と、栗原類の語りで流れると、スッと頭に入って来る。
「小林研一郎さんは前作の試写会にお招きしたら終映後、突然舞台に駆け上がり、会場にいた初対面の瑞宝太鼓のメンバーたちを叱りつけた。『君たち、暗い顔をして演奏していてはダメだよ。音楽は楽しいものなんだから。太鼓はズドッと音が止まっていたらダメなんだ。力任せに叩くんじゃなくて、音を響かせないと音楽にならない』。その後、瑞宝太鼓は小林さんが指揮するオーケストラの演奏会に年2回程度、客演するようになりました。それがメンバーたちの自信になっています」
「ベートーヴェンの交響曲を使ったのは、もし彼が今の時代に生きていたら恐らく小林さんと同じようなことを言ってくれるのではないかと思ったからです。第九の歌詞は『人間は神(宇宙・自然界)によって生かされている。だからどういうふうに生きていこうか』という内容ですよね。そこは結局、我々みんな同じなんです」
「地球上には2億人の知的障がい者たちが暮らしている。彼らが自分の力を十分に発揮できる世の中になれば、世界はきっと変わる。そのための投資はしてもいいのでは?」
小栗監督の言葉は、2030年までに世界中で取り組む17の目標を掲げたSDGs(持続可能な開発目標)と通じている。地域で暮らしている障がい者のみなさんはじめ、よりよい世の中を次の世代に渡したいと願うすべての人に見てほしい映画だ。
「Challenged/チャレンジド」公式ホームページはコチラ https://dsystem.jp/challenged/
【MEMO】プロデューサー細川佳代子さんと小栗監督が、知的障がいのある人を取り上げた過去のドキュメンタリー作品は下記の通り。
「able/エイブル」(2001)=知的障がいのある2人の日本人少年がアメリカの家庭にホームステイ。毎日映画コンクール記録文化映画賞受賞。
「HostTown/ホストタウン」(2004)=2003年に開催されたスペシャルオリンピックス夏季世界大会・アイルランドの日本のアスリートを追った映画。
「Believe/ビリーブ」(2006)=2005年に開催されたスペシャルオリンピックス冬季世界大会・長野の記録を、9人の知的障がいをもつクルーたちと撮影した映画。
「幸せの太鼓を響かせて~INCLUSION(インクルージョン)~」(2011)=瑞宝太鼓が時勝矢一路さん作曲の7分に及ぶ「漸進打波」を演奏する過程を追った作品。