クール・ビューティーの印象がある女優の板谷由夏さんの主演映画「夜明けまでバス停で」が10月8日から全国で公開され、関西では10月21日から公開される。タイトルから推測する人もいるかもしれないが、2020年11月に渋谷・蜂ヶ谷バス停で不慮の死を遂げた大林三佐子さんが遭遇した事件に想を得た作品だ。しかし、鬼才・高橋伴明監督の手にかかると全く別のシナリオが立ち上がり、爽快感満載の作品に仕上がっている。2年以上続くコロナ禍に、政治の機能不全、円高による値上げの嵐……。「今、何とかしてくれなきゃ困るんだよ!」と思っている世の中のすべての人に見てほしい作品になっている。9月末、キャンペーンで来阪した高橋伴明監督にインタビューした。
【高橋伴明監督インタビュー】
――この映画の副題は「もう一つの幡ヶ谷事件」なのかと勝手に思っていましたが、シスターフッドがまぶしい、爽快感あふれる作品になっていましたね。
事件に想を得て背景をいただいたけれども、モデルではありません。公開前から映画を見もしないで「弱者の死を扱っていい気になるな」などとSNSに投稿している人たちもいましたが、全く的外れです。
事件を知った時、注目はしましたが、加害者にも被害者にも感情移入できませんでした。特に犯人に対しては何故こういう身勝手な行為に及んだのかが全く理解できなかったので、背景を探ろうとも思わなかった。殺される理由が全くない被害者側から描くという発想もなく、事件としては記憶にとどめたいけれども、映画には結びつきませんでした。
しかしその少し前に、今回のプロデューサーから「板谷由夏が、高橋伴明監督と仕事をしたいと言っている」と聞いていました。人間としてすごく好きな人だし、やぶさかではない。いい企画があったらねという話になっていました。
年が明けて2021年、プロデューサーから「あの事件知っていますか?」と聞かれ、「知っているけど映画的には興味がない」と答えたら、「あれを板谷由夏でできないですかね」と言われました。板谷は誰もが認める大女優ではない。けれど、当時「事件の被害者は私だ!」という声が社会にかなりあった。誰もがなりうる人物が主役なのであれば、板谷の主役も考えられるかもしれない。かつ板谷でいくということは、老け役をやらせようということではないから、年齢的に噓をつくならば、もっと他のことでも嘘をつけるのではないかと気づき、コロナ禍がホームレスにつながった人の半生を切り取ることができれば映画になるのかなと。とりあえずプロデューサーが勧める梶原阿貴さんに脚本の第1稿を書いてもらったら、意外にまとまっていたんです。
――それで、そのまま採用したのですか?
いや、第1稿は自分流に言うと「壊れていない」脚本(ほん)でした。僕は壊れていないと、破綻していないと嫌なんですよ。それで、たまたま脚本家の知り合いに実際のツリー爆弾の事件の犯人がいることを知っていたので、その人を登場させたらどうだろうということで、柄本明さん演じるバクダンというホームレスのキャラクターが生まれた。そこにさらに政治家のスキャンダルも絡ませたいと思い、元芸者の派手婆(根岸季衣)のキャラクターも生まれました。
こういう登場人物が生まれると話が壊れそうで面白くなってきます。だったら腹に一物あるものを、彼らに代弁してもらえれば、僕が乗れる話になっていくのではないか。脚本家と「間尺に合わん仕事したのう」と仁義なき戦いみたいなセリフを入れてくれなど、キャッチボールしながら作っていきました。
――「月はどっちに出ている」(1993年、崔洋一監督)のヒロイン、ルビー・モレノさんが久しぶりに登場していましたね。
60代の出稼ぎ外国人、マリアさん役で登場してもらいました。
板谷が演じた北林三知子は40代のアクセサリー作家で、本業では食べていけないから居酒屋でパートとして働いてきた女性です。自立した女性で自分のセンスを持っていますが、正義感が強すぎる。居酒屋スタッフたちとの女子会の時に「正しすぎて嫌になる」と言われるけれど、そこは曲げられなかった。だからこそ、一度ぐらいはまともに逆らってみたいというところにスッと入っていけたんじゃないかな。
実家とも疎遠で、返さなくてもいい別れた夫の借金を、そんな男を選んだのは自分なんだから自己責任だと自分を縛って、がんじがらめになっている。前首相の菅が言った「自助、共助、公序」。それをまともに受け止めて「助けて」と言えない人たちが世の中にはいっぱいいるんです。自己責任を押し付けて、その人が首を吊ったらどうするんだとは考えない。
自己責任を突き詰めていくといい国にはなりません。もし、いいことが一つだけあるとすると、めちゃくちゃ成功するヤツが出てくる。だけどそれは必然的に格差を生むだろうと思います。
僕は社会がこうなってしまったのはやはり日本人が国からきちんとしてもらった歴史がないからだと思う。日本人はお国のために亡くなってきたが、国から何かをしてもらってはこなかった。描いた世界観はほんの一部ですが、すべての根本に岸信介からつながる現在の政治状況があると思っています。
――主人公はパート先を首になり、ホームレスになってしまいました。
彼女の場合、「助けて」と言えないから自分で自分を苦しめています。実際に自尊心からか、ホームレスと思われたくなくて、配給の食事をもらいに行ったりできない人がいっぱいいます。
最近はかつてのようなレゲエおじさんは少なくなり、外見からはホームレスとはわからない人が多いです。彼女も非常に短い時間でホームレスになっているから汚くはないんです。オフィスビルのトイレやコインランドリーなどにいても違和感がないから、まめに充電していたら携帯電話は使えます。
けれどコロナになってネットカフェが閉まっていたりして生活に支障が出た人が多かったと思います。新宿西口の路上に構えている人の目の前で撮影もしました。
――板谷さんの演技に監督は何か注文されたのですか?
一切注文は付けていません。
彼女は一言で言うととてもシンプルな人です。人として、母親として、妻としてということがきちんと背骨に入っていて、飾らない人。板谷由夏がもしホームレスになったらこうでしょと思ってやっていたと思います。これまでは知的な役が多かったが、今回は素の板谷由夏に見えましたね。彼女がバクダンに「この世の中おかしいですよね」と言うシーンは本気でしたね。
――まじめすぎる彼女は、現代の若者には共感されない女性像かもしれませんね。何かで読んだのですが、若い人たちが最近あまりお酒を飲まないのは酔っ払って前後不覚になるのが嫌だから。オチとして、そういう人たちの親は大体、呑兵衛(笑)なのだそうですが。
学生と10年ぐらい付き合っていますが、突出したくない、目立ちたくないというのが空気としてありますね。我々の「俺が、俺が」の時代とは違う。自分をさらけ出さない。わが道を行くのは若者にはカッコ悪いことのようです。
そんな若者に対して、我々世代から40代ぐらいの人たちがおもねっている風潮は、いびつな社会構造の側面であるという気がします。大体、大人たちが怒らないじゃないですか。
――監督はプレスシートに怒ることをやめていたが、何のヒネリもなく、そのままに怒りを吐露しても、もういいのではないだろうか、と書かれていました。
僕は「光の雨」(2001年)を撮ってから映画の中で怒ることをやめました。普段の生活の中でも20年間怒ることを封印してきたけれど、世の中はどんどん悪くなる一方です。それで、ちゃんと怒ることは、やはり大事なのじゃないかと思い始めています。
――ありがとうございました。
【公開情報】10月21日(金)から京都シネマ、22日(土)から第七藝術劇場、なんばパークスシネマ、MOVIX堺、kinocinema神戸国際で公開。
「夜明けまでバス停で」公式サイト https://yoakemademovie.com/
©2022「夜明けまでバス停で」製作委員会