昨年末のジルベスターコンサートから開館20周年の記念イヤーに入った兵庫県立芸術文化センター。阪神・淡路大震災から10年後の2005年に「心の復興」のシンボルとして誕生した劇場は今年、主催事業の目玉である毎夏恒例の佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ(以下、佐渡オペラ)で、ワーグナーの作品を初めて取り上げる。
演目は「さまよえるオランダ人」(全3幕/ドイツ語上演・日本語字幕付/新制作)。演出は2018年の佐渡オペラ「魔弾の射手」で、作品の本質を際立たせる重厚でオーソドックスな舞台を作り上げたミヒャエル・テンメのチームが再結集する。佐渡芸術監督と日本人キャストの歌手たちが参加し、1月15日にセンターで記者会見が行われた。
劇場誕生の背景にも通じる愛と救済の物語
佐渡裕芸術監督は「これまでイタリアオペラを中心に上演してきたが、ドイツオペラの最高峰であるワーグナーにいつかは手を出したいと思っていた。ドイツやオーストリアの作品には非常に音の面白さがある。その究極にあるのがワーグナーで、オーケストラがいろんな情景を音で表す。本作でも荒々しい海のしぶきや波を、オーケストラがまるで視覚的に見えてくるように演奏する。そして、オランダ人のテーマはじめ、音楽でテーマがはっきりと出てくるというのがワーグナーの特徴ではないかと思う。テンメさんの演出は一番の見せ場になる海のシーンをはじめ、すでに作品を知っている人にも新しい驚きを与えられるものになるだろうから、私も楽しみにしている」と語った。
「さまよえるオランダ人」はワーグナーの初期の作品で、音楽だけでなく台本も作曲家自身が手掛けている。あらすじはこうだ。
ノルウェーの貿易船の船長ダーラントは、不気味な幽霊船に出くわす。その船長のオランダ人は「悪魔に呪われて死ぬことを許されずに海をさまよっている。7年に一度だけ上陸を許され、愛を誓う女性が現れれば救われる」のだという。オランダ人の財宝に目がくらんだダーラントは、娘ゼンタを彼に引き合わせることを約束するが・・・。
佐渡芸術監督は「呪われたオランダ人が、愛によって救済される」という作品自体のテーマに注目する。「指揮者である私の仕事は美しいフレーズをつくることだが、この20年間、私は芸術監督として劇場が生まれた背景にある震災の犠牲者への祈り、家族や友人を失った人の傷みをいつも想像しながら、皆さんに少しでも喜んでいただけるものを届けたいとやってきた。この劇場は、常にそうした命と向き合う祈りの場であり、そして祈ることというのは未来につながっていく誓いでもある」と、かみしめるように話した。
田崎尚美と妻屋秀和、
ワーグナー歌いの日本人キャスト
ゼンタ役でセンター初登場となる田崎尚美(ソプラノ)は事前収録の映像で会見に加わった。兵庫で歌うのは初めてというが「さまよえるオランダ人」の公演は5プロダクション目。かつて作曲家のひ孫にあたるカタリーナ・ワーグナーに一から演技指導を受けた経験が今も財産になっているという。「演技はもちろん、こういうニュアンスで言った方がいい、こういう風に聞こえるように言った方がいいと、オケ合わせまで付いてきてくださって、ディクション(言葉の発声法)を事細かに教えていただいた」と振り返る。
「ゼンタ役は、今でいう“推し”にどのくらい本気になれるかが鍵。夢見る少女という部分もすごく必要と思う。ワーグナー自身が台本も手掛けた作品だからこそ、思っている単語にどういう音を付けるか、という時に妥協が一切なく、言葉と音がリンクしている。そこは演奏していてもとても楽しいし、今回も間違いなくすごく心に残る作品になると確信している」
ダーラント役の妻屋秀和(バス)は、ライプツィヒ歌劇場、ワイマールのドイツ国民劇場の専属歌手を務めた、日本を代表するバス歌手だ。佐渡オペラは「魔弾の射手」、「ドン・ジョヴァンニ」(2023)に続いて3回目。ゼンタ役の田崎とは新国立劇場でお互い同じ役での共演経験もある。
「記念すべき20周年のオペラに参加させていただくことは名誉なことでうれしい。しかもそれが『さまよえるオランダ人』。自分にとっても意味深いものがある。というのは、ドイツにいる時に、初めて主役級で演じたのがダーラントだったから。この役は、ワーグナーのオペラで再三にわたって出てくる愛と救済には一切かかわらない非常に世俗的な人物だが、彼がいることでゼンタとオランダ人の救済の物語に一つのアクセントが生まれる。そういったコントラストを描きたい」
ワーグナー作品で重要な合唱は総勢80人規模
ダーラントの部下で舵手役の清水徹太郎(テノール)は神戸市出身。佐渡オペラでは「魔笛」(2007)からひょうごプロデュースオペラ合唱団のメンバーとして何度も参加した主力メンバーの一人。ソリストとしては「セビリャの理髪師」(2013)で初登場。妻屋と同じく「魔弾の射手」にも出演している。
「『さまよえるオランダ人』への出演は2回目。以前にびわ湖ホールと神奈川県文化会館で舵手役で妻屋さんと共演した。その時、1幕の最初に仕事に疲れて居眠りをしている舵手が、妻屋さんのダーラントから怒鳴られるシーンがあった。この時の妻屋さんの迫力が本当にすごすぎて、世の中にこんなに声で感動させられる方がおられるんだと。妻屋さんともう一度と願っていたところ、今回まさに20周年で実現した。個人的にも奇跡のような出会い、素晴らしい公演になるのではと思っている」
総勢80人規模の合唱も重要なポイントになる。その点、佐渡オペラで毎回活躍するひょうごプロデュースオペラ合唱団の存在は大きい。佐渡芸術監督は「関西でプロの歌手たちを集めて合唱団を作っていくというのはなかなか大変なこと。清水さんもそうだが、20年も十数年も歌ってくれている人も中にはいる。水夫たちの合唱があるこのオペラは男声コーラスがすごく重要だが、水夫たちを待っている可憐な女声コーラスもある。そのコントラストも味わってほしい」と期待を寄せる。
20年の蓄積で新たな挑戦ができる
最後に佐渡芸術監督は、開館20周年で初めてワーグナーのオペラに取り組む意義を再度強調した。
「コロナで1年空いたが20年の蓄積で、歌手や演出家を選ぶ時に成功に導ける方法が自分たちにはあると思えるようになった。今後、未知の演出家や歌手たちとやっていくことも、もちろんあるが、適任者を知っているということは大きい。さらに、毎年メンバーが3分の1ぐらい入れ替わる中で、オーケストラのメンバーのレベルがどんどん上がってきたことも心強い。そこには元ウィーン・フィルの名手だったペーター・ヴェヒターさん(ヴァイオリン)のようなゲスト・トップ・プレイヤーが、経験のない若いメンバーをグングン引っ張っていってくれるという宝物のようなつながりもある」と語った。
さらにオケのメンバーだけでなく、プロダクションのメンバー、劇場のスタッフ、さらには前夜祭を開くなど地域の人たち全員が夏のオペラを盛り上げていこうとする毎年の機運にも感謝を述べた。「20周年でいろいろな準備ができて、いろんな意味でワーグナーに取り組めることになった。新しい挑戦でもあるが、今までと違ったワーグナーの非常に壮大な、精神的に高いものを感じていただけるオペラになると思う。たくさんの方にその世界を味わっていただきたい」と締めた。
チケットの発売は、会員先行予約がB~E席2月13日(木)、A席2月15日(土)。一般発売は2月16日(日)。いずれも午前10時から受け付け開始。
佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ2025
「さまよえるオランダ人」公演概要
■日程:2025年7月19日(土)~27日(日)全7公演 ※22日(火)・25日(金)休演
■開演:各日14時(13時15分開場)
■会場:兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホール
■入場料(消費税込み):A15,000円、B12,000円、C9,000円、D6,000円、E3,000円
佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ2025
「さまよえるオランダ人」 特設サイトはコチラ
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