3月10日の兵庫芸術文化センター管弦楽団(PAC)第104回定期演奏会は、今春から札幌交響楽団の首席指揮者に就任するスイス生まれのマティアス・バーメルトが、当初予定されていたヘスス・ロペス=コボスに代わり、選曲を変えずに指揮台に立った。
今回は選曲の妙に深く感じ入った演奏会となった。前半はフランス音楽。ジュール・マスネ(1842-1912)の組曲 第4番「絵のような風景」で開演。弾む音、流れる音、始まりは午後のティータイムに聞きたくなるような小粋な音楽だが、途中からドラマチックな色彩が加わり、音楽自体が自律的に動き始めて華やかな音の乱舞となる。まさに「絵のような」絵画的な音楽だった。
ソリストの曲はサン=サーンス(1835-1912)のチェロ協奏曲第1番。チェリストのルイジ・ピオヴァノは、定期演奏会はこれが初めてだが、PACとは何度も共演しているそうだ。1710年ごろに作製されたというアレッサンドロ・ガリアーノを大切そうに掲げて舞台に登場した。艶を帯びた楽器の色がひときわ赤く、情熱的な印象を受ける。その音色が深い哀愁をたたえてホールに響く。
指揮者越しにソリストの演奏を見るPACのチェロ奏者たちが、食い入るような真剣なまなざしを向けているのが客席からもわかる。ピンと張りつめた気迫の中を流れる旋律。豊かな広がりを感じさせる低音。心地よく進む演奏に時を忘れた。
幾度かの拍手に呼び戻されたアンコールで、ピオヴァノは思いがけない行動に出た。ソリストの椅子をPACのチェロ奏者たちの並びに運び、ゲスト・トップ・プレイヤーでPAC・OBの西谷牧人(東京交響楽団首席)とアイコンタクトを取ったと思ったら、おもむろに9丁のチェロで合奏し始めたのだ。イントロは深い山の呼び声のよう……と思ったら、旧知の懐かしいメロディーが。山田耕筰「赤とんぼ」(Robert Granci編曲)だった。心に染み入る美しい曲だった。
前半のフランス音楽の世界から一転、オーケストラの演奏はオットリーノ・レスピーギ(1879-1936)の交響詩「ローマの噴水」と「ローマの祭」。以前誰かが「関西人にはラテンの血が入っているんじゃないの?」と言っていたが、確かにこの曲を聴くと、私の中のラテンの血(?)が騒ぐ。
初めて生で聞いたのは2014年1月、佐渡裕芸術監督が指揮した第66回の定期演奏会だった。あの時は冒頭の曲が祭で、次が噴水、小曲をはさんで最後が松という構成だったが、作曲順では、噴水、松、祭。今回は松がなくて、噴水と祭が続けて演奏された。
「ローマの噴水」は夜明けの神秘的な描写に始まる冒頭から、ローマにある4つの噴水が音楽で描写されていく。弦が、木管が、金管が、持ち味を生かしながら奏でていくメロディーの美しさときたら! 効果的にはさまれるトライアングルや鐘の響き、ハープの音色にうっとりする。
そして「ローマの祭」。勢いよくファンファーレが響き、大編成のオーケストラがうごめきだす。熱い曲調に、演奏家たちもどんどん引き込まれ、エキサイトしていく。多彩なパーカッションも繰り出し、分厚くにぎやかに華やかな祭りが大音量で進む。幕切れは、不協和音も飛び出す狂乱の最高潮……。
演奏後に、パーカッション奏者同士が握手し合っていたのは、恐らくとてもいい演奏だったから。
この興奮を抱えたまま家路につくのか、どこかで熱を冷まさなければ……と考えていたら、オーケストラのアンコール曲がまた秀逸だった。モーツァルト「カッサシオン ト長調」よりアンダンテ。静かな弦の調べがしんと心に染み入り、一気にクールダウンした。こんな見事な構成の演奏会に遭遇できて、何て幸せなのだろう。
ゲスト・トップ・プレイヤーは、前述したチェロの西谷ほか、ヴァイオリンの田尻順(東京交響楽団アシスタント・コンサートマスター)、ヴィオラの中島悦子(関西フィルハーモニー管弦楽団特別契約首席・神戸市室内合奏団)、コントラバスの黒川冬貴(京都市交響楽団首席)はPACのOB、トランペットのヴィム・ファン・ハッセルト(フライブルク音楽大学教授・元コンセルトヘボウ管弦楽団)。スペシャル・プレイヤーは、PACのミュージック・アドヴァイザーも務めるヴァイオリンの水島愛子(元バイエルン放送交響楽団奏者)とホルンの五十畑勉(東京交響楽団奏者)、トランペットの佐藤友紀(東京交響楽団首席)、バス・トロンボーンのチャールズ・ヴァーノン(シカゴ交響楽団奏者)、パーカッションの久保昌一(NHK交響楽団首席)。
このほかにPACのOB・OGは、ヴァイオリン8人、ヴィオラ3人、コントラバスとトロンボーン各1人、パーカッション2人が参加した。(大田季子)