【PACファンレポート⑳第105回定期演奏会】各地で今年初の真夏日となった4月21日の兵庫芸術文化センター管弦楽団(PAC)第105回定期演奏会は、昨年の大阪国際フェスティバルで「バーンスタイン:ミサ」を23年ぶりに総監督(演出・指揮)として率い、その記者会見で「(佐渡)裕はきっと『僕がやりたかったのに』と悔しがっているね」と茶目っ気たっぷりに笑っていた井上道義が登場。ドイツ音楽の醍醐味(だいごみ)をたっぷりと届けた。PAC定期でタクトを振るうのは4年ぶり7回。
前半はオーケストラの2曲。どちらも20世紀前半に活躍したドイツ生まれの作曲家パウル・ヒンデミット(1895-1963)の作品で、不勉強な私は今回初めて聞く曲だった(クラシック音楽の世界は奥が深いです)。
最初は序曲「エロスとプシュケ」。ヒンデミットがナチスと対立してアメリカに亡命していたころに作曲された曲という。美の女神アフロディテ(ヴィーナス)が人間の絶世の美女プシュケの美貌をねたみ、息子エロス(キューピッド)の恋の矢で醜い男を恋するよう仕向けさせようとするがエロス自身がプシュケに恋してしまい……という紀元前2世紀にローマの詩人が書いた愛の物語を、「あるバレエのための序曲」という副題を付けて簡潔にまとめた約7分の短い曲だ。神々と人間の物語を多彩な楽器が次々に歌い上げる。
次の曲は交響曲「画家マティス」。曲名だけを見てフランスの画家アンリ・マティス(1869-1954)をイメージしていたら全く違った。プログラムによると、画家マティスは16世紀に活躍したドイツの画家マティアス・グリューネヴァルト(1470?-1528)のことで、ヒンデミットは彼をモデルに16世紀の農民戦争を時代背景とするオペラを作曲し、同時にこの交響曲を書いたのだという。大指揮者フルトヴェングラーがベルリン・フィルと初演して大絶賛を浴び、続いてオペラ上演を企画していたが、ナチスの妨害に遭い事件に発展。結果的にヒンデミットのアメリカ亡命の引き金となったそうだ。
交響曲「画家マティス」は彼の代表的絵画「イーゼンハイム祭壇画」を基に作曲された3楽章からなる交響曲だった。第1楽章「天使の合奏」はキリスト降誕をテーマに明るく喜びにあふれた軽快な曲調が続き、晴れやかなフィナーレ。第2楽章「埋葬」は一転、キリストの死と埋葬を厳かに描く。第3楽章「聖アントニウスの試練」は、オペラ第6景から悪霊たちとの戦いに勝利するまでの勇ましい情景が描かれる。力強い金管とパーカッションの響きに弦が負けじと追いすがる。束の間の安寧と休息の後、再び演奏は激しさを増し、風雲急を告げる気配が漂う。そして大音量の歓喜のフィナーレへ。
最近は大編成のオーケストラが続いていたので、総勢74人でこれだけの迫力ある演奏ができるとは!と驚かされた。
休憩をはさんでソリストのオリヴィエ・シャルリエを迎えて、ベートーヴェンの名曲中の名曲「ヴァイオリン協奏曲」。後半にソリストを迎えることは珍しいが、この大曲で、この名手なら誰もが十分に納得できるに違いない。
定期演奏会は初登場のシャルリエだが、PACとは特別演奏会で共演した経験があり、その印象をプログラムのインタビューで「とても若く熱心で、よく聴き合うことのできるオーケストラ」なので「相互に影響を与えるような演奏ができる。楽しみだ」と語っていた。弦が同じ音を4回、ためらうようにそっと空間に置くように奏で、シャルリエが奏でる研ぎ澄まされた音の旋律をいざなう。独奏の後におもむろに同じ主題を奏でる弦のやわらかな音の膨らみ……。ソリストもオケもその言葉どおりに互いの“聴き合う”姿勢で共鳴し、次第に高め合っていく見事な演奏だった。
鳴りやまぬ拍手の中、井上マエストロは舞台上を軽快に動き回り、ソリストとメンバーの演奏を称えた。シャルリエのアンコール曲はJ.S.バッハ「無伴奏ヴァイオリンパルティータ」第2番“サラバンド”。1747年製カルロ・ベルゴンツィの妙なる音色を楽しませた。
コンサートマスターは豊嶋泰嗣。ゲスト・トップ・プレイヤーは、ヴァイオリンの戸上眞里(東京フィルハーモニー交響楽団第2ヴァイオリン首席)、ヴィオラの柳瀬省太(読売日本交響楽団ソロ・ヴィオラ)、チェロの林裕(元大阪フィルハーモニー交響楽団首席)、コントラバスの吉田秀(NHK交響楽団首席)。スペシャル・プレイヤーは、PACのミュージック・アドヴァイザーも務めるヴァイオリンの水島愛子(元バイエルン放送交響楽団奏者)とホルンの五十畑勉(東京都交響楽団奏者)、トランペットの佐藤友紀(東京交響楽団首席)とおなじみのメンバー。PACのOB・OGは、ヴァイオリン7人、ヴィオラ2人、コントラバス1人が参加した。(大田季子)
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