出発の季節、濃密でドラマチックなドイツ音楽の名曲に勇気づけられた~兵庫芸術文化センター管弦楽団第113回定期演奏会~

【PACファンレポート㉙第113回定期演奏会】

 3月16日土曜、兵庫芸術文化センター管弦楽団(PAC)の第113回定期演奏会の指揮は、2016年11月の第92回以来2度目のクラウス・ペーター・フロール。前回シューベルトの交響曲「ザ・グレイト」を聴かせてくれた旧東独ライプツィヒ生まれのマエストロが編んだプログラムは、3人の作曲家のドイツ音楽の名曲選だった。

 オーケストラは、ヴァイオリンを前列左右に、第1ヴァイオリンの隣にチェロ、その後方にコントラバスという、一部で「(古い)ドイツ式」とも呼ばれる対抗配置。メンバーの耳に聞こえてくる音は、PACにとっても新鮮だったのではないだろうか。フロールの洗練されたタクトさばきに懸命に応えようとするメンバーの頑張りが程よい緊張を伴って感じられ、とても豊かで上質な時間になった。

 

 冒頭はベートーヴェン「エグモント」序曲。起伏に富んだドラマチックな10分余りの名曲を堪能した後にスパンコールのロングドレスで登場したのは、ソリストのクレア・フアンチ。中国出身の科学者を両親にニューヨークで生まれた彼女は、9歳の時にカーネギーホールで演奏した天才ピアニスト。2009年のショパン国際コンクール優勝をはじめ、数々の輝かしい実績の持ち主だ。その演奏曲はシューマンの「ピアノ協奏曲」。愛妻クララによって初演されたというこの曲は、いかにもシューマンらしい夢見るように詩的なフレーズが随所にちりばめられ、高揚する部分ではハッとするほどの激情をほとばしらせる。華奢な体のどこにこんなパワーが?と、力強い演奏スタイルに何度も目を見張ってしまった。コンサートの席選びではピアニストの指の運びが見られる席であることにこだわる私は、彼女の指の運びに幻惑され、その音色とともに無上の喜びを感じた。

 熱演の後のアンコールにも驚かされた。ファジル・サイ編曲のモーツァルト「トルコ行進曲」は通常でも速いテンポをさらに上げてポップでファンキーな味付け。フアンチの演奏技術の巧みさにすっかり魅了された。何度も呼び戻されて再びピアノに向かって演奏したのは、先ほどと打って変わって静かで抒情的なメロディー。2001年に公開されたフランス映画「アメリ」からヤン・ティルセン「ある午後の数え歌」という曲だった。曲と奏法によって七色に変わるピアノの音色。フアンチはそれを、とことん楽しませてくれた。

画家で神戸芸術工科大学教授の寺門孝之さんが使用中のパレットをモチーフにした2019年3月のパンフレットの表紙絵は明るい色調の様々な緑があふれています

 そしてオーケストラの曲は、ドイツ・ロマン派の交響曲の最高峰といわれるブラームスの交響曲第1番。プログラムのインタビューで「私はいつも、楽譜を読み返す中で、作曲家に向かう“自分の道”を探している」と語っていたフロールは、まさに求道者の面もちで指揮台へ。前回のPACとの演奏会を「とてもすばらしいものだった」と振り返った理由を、「演奏中にクリエイティブな瞬間が訪れたとき、それに従う十分な準備ができているオーケストラだから」と述べ「今回は、あのとき私たちが一緒にたどり着いた場所から再スタートすることができたら」と抱負を語っていた。結論的に言うと、PACは見事にマエストロの期待に応えたと私は思う。

 骨格のしっかりした“ザ・交響曲”とでも言うべき名曲は、それぞれのパートが真摯に音を紡いでいく中で、空中にまるで城塞のような巨大な“何か”を築き上げていくようだ。出色だったのはオーボエの吉村結実。生の音ならではの膨らみを持ちながら、なめらかに響く清澄な音で、木管や弦の導入部を巧みにリード。終結部では全員が壮大な“人生賛歌”を高らかに歌い上げた。

 濃密でドラマチックなドイツ音楽の名曲を聴いた帰り道、なぜか勇気をもらった気がして、人を信じたい気持ちが胸にあふれていた。そんな気持ちに満たされた私の背筋は、きっとぴんと張っていたことだろう。

 

 ゲスト・コンサートマスターは近藤薫(東京フィルハーモニー管弦楽団コンサートマスター)。ゲスト・トップ・プレイヤーは、ヴァイオリンの戸上眞里(東京フィルハーモニー交響楽団第2ヴァイオリン首席)、ヴィオラの柳瀬省太(読売日本交響楽団ソロ・ヴィオラ)、チェロの林裕(元大阪フィルハーモニー交響楽団首席)、コントラバスの吉田秀(NHK交響楽団首席)、トランペットの佐藤友紀(東京交響楽団首席)。スペシャル・プレイヤーは、PACのミュージック・アドヴァイザーも務めるヴァイオリンの水島愛子(元バイエルン放送交響楽団奏者)。PACのOB・OGは、ヴァイオリンで3人、ヴィオラとチェロでそれぞれ2人、ホルンとトロンボーンで各1人が参加した。

(大田季子)




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