ハードルの高い歌と合唱を可能にした兵庫県立芸術文化センターの熱意と努力の総合力とは?

【PACファンレポート㊵心の広場プロジェクト

「どんな時も 歌、歌、歌!~佐渡裕の オペラで会いましょう」】

この時期にオペラのアリアや合唱が生で聴けるなんて!――7月24日に訪れた兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールで、またしても私は感動の涙で頬を濡らしてしまった。演奏ももちろん素晴らしかったのだが、この舞台を可能にするために尽力した佐渡裕芸術監督はじめ大勢の皆さんの熱意と努力の総量が、生で聴く音楽のパワーをいっそう押し上げているような気がして思わず涙腺が緩んでしまったのだ。

 

開演前の舞台上は、オーケストラの奏者の椅子の間に透明のアクリル板が林立して迷路のよう。奏者間の距離を取った上に合唱のひな壇を増設しているので音響反射板もずいぶん奥に動かされていた

兵庫芸術文化センター管弦楽団(PAC)メンバーは、ソーシャルディスタンスを守ってのことだろう、一斉にではなく三々五々いつもより時間をかけて登場。「Meet‐HPAC リサイタルホールから」の配信で、メンバーたちの個別の演奏や肉声を耳にすることができているからか、一人ひとりがより身近に感じられる。中にはマスクを着けたままの奏者もいる。オペラの歌を披露する舞台とあって、華やかな色とデザインのロングドレスをまとった女性奏者たちが目を楽しませる。

佐渡オペラではおなじみのバリトン歌手・大山大輔さんが司会を務め、ロッシーニ『セビリャの理髪師』より「俺は町の何でも屋」を日本語で披露。よく聞くと歌詞に「マスク」など時事ネタが盛り込まれていて思わずクスッと笑ってしまった。

続いて地元・兵庫が誇る歌姫・並河寿美さんが登場し、十年以上の時が経った今もこのホールがスタンディングオベーションに沸いた記憶が忘れられないプッチーニのオペラ『蝶々夫人』の「ある晴れた日に」を原語で披露。朗々とした美声に、惜しみない拍手が注がれる。2000人収容のホールに感染予防のため400人の観客しかいないのに、拍手の音は満場の観客がいる時と同じくらいに響く。来場者に事前に「お控えください」と伝えられていた「ブラボー!」の声がないのが少し寂しい。

司会を務めた大山大輔さんと佐渡裕芸術監督(撮影:飯島隆/提供:兵庫県立芸術文化センター)

ソリスト2人は顎の辺りに白いマイクホルダーのようなものを付けていた。歌唱する口元からの飛沫を防ぐ透明のアクリル板が付いたマウスシールドを着用していると大山さんが説明した(光線の加減か、私の席から口元のアクリル板は確認できず、それほど邪魔には感じなかったが、歌い手さんにはどうだったのだろう)。

コンサートマスターの豊嶋泰嗣さんの椅子の後ろ辺りには、ひらひらと上方にたなびくリボンが見えた。ソリストの呼気を含む舞台手前の空気が、オーケストラの方へ移動するのを遮るためのエアーカーテンが舞台床面から噴き出しているという。次の曲、レハールのワルツ「金と銀」に合わせて、リボンはまるでダンスを踊っているように見えた。

女・女・女のマーチ(撮影:飯島隆/提供:兵庫県立芸術文化センター)

そして来年の佐渡オペラで上演が予定されているレハール『メリー・ウィドウ』から「女・女・女のマーチ」と「メリー・ウィドウ・ワルツ(唇は黙しても)」。大山さんに加え、清原邦仁さん、水口健次さん(ともにテノール)、片桐直樹さん(バリトン)と、ひょうごプロデュースオペラ合唱団メンバーの西村明浩さん、西村圭市さん、下林一也さん(3人ともバス)の男性歌手7人が踊りながら陽気に歌い上げる「女・女・女のマーチ」では、場内から手拍子が。2008年の夏、伝説の12公演を大成功させた喜歌劇の楽しかった舞台を思い起こさせてくれた。

君と旅立とう(タイム・トゥ・セイ・グッバイ)(撮影:飯島隆/提供:兵庫県立芸術文化センター)

この後、ひょうごプロデュースオペラ合唱団の24人が舞台に登場。ヴェルディ『ナブッコ』より「行け、わが想いよ、黄金の翼に乗って」を披露した後、再びソリストたちが現れ、プッチーニ『トゥーランドット』より「誰も寝てはならぬ」をたっぷりと聞かせる。

合唱団はマウスシールドだけでなく、首に掛ける携帯ファン(暑さ対策で使う人も多いミニ扇風機)を着けていた。団員同士も縦3メートル、横2メートルの距離を取っているので、一人ひとりの存在感が際立って見える。

オペラの名曲の後は、ナポリ民謡「オー・ソーレ・ミオ」。ソリストと合唱団との掛け合いが楽しい。最後の歌はサラ・ブライトマンが歌って広く知られるようになったサルトーリ「君と旅立とう(タイム・トゥ・セイ・グッバイ)」を長山善洋の編曲で。心にしみるメロディーに乗せた歌声が響き渡った。

 

アンコールに登場した佐渡芸術監督は「歌は音楽の基本。合唱ができるようにならなければ本当に演奏会を再開していくことにはならない」と熱く語った後で、休館している間に取り組んだ「HPACすみれの花咲く頃プロジェクト」に言及。舞台上に下ろした巨大なスクリーンに、総集編となったファイナルの動画を映し出して、PAC、歌手たち、合唱団と共演した。一つの音楽を演奏するのに、いろんな人たちが心を合わせている。その素晴らしさに胸を熱くした。動画の最後に、さだまさしさんの「ブラボー!」の声が入っていて、ほんの少し物寂しかった気持ちが雲散霧消した。

 

【付記】この公演を実現するために、複数の医学の専門家らの監修を仰ぎ、兵庫県立芸術文化センターが実施した感染症対策の詳細は、ホール内の空気の流れを確認するスモーク実験の様子を伝える動画を含め、下記のセンターのホームページで公開されている。

http://www1.gcenter-hyogo.jp/news/2020/07/0714_utautauta_smoke.html

 

また、7月27日にNHK 総合(兵庫県域)『Live Love ひょうご』で放送されたこの公演の取り組みは、同番組のホームページにあるアーカイブ映像として視聴できる。

https://www.nhk.or.jp/osaka-blog/live-love-hyogo/shitto-hyogo/433258.html




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