「根源的な民族音楽」を集めて高揚させたカーチュン・ウォン~兵庫芸術文化センター管弦楽団 第137回定期演奏会~

【PACファンレポート59兵庫芸術文化センター管弦楽団 第137回定期演奏会】シンガポール出身の若き指揮者、カーチュン・ウォンは2019年11月の第119回定期演奏会に初登場以来、コロナ禍での特別演奏会2回など、PAC(兵庫芸術文化センター管弦楽団)と共演を重ねる頼もしい兄貴分だ。これまでに聞いた演奏会でもメンバーを鼓舞して持てる力をぐいぐい引き出していく相性の良さを感じてきた。11月19日の土曜の演奏会は、そんな期待を裏切らないどころか大きく凌駕する素晴らしい演奏会だった。

 

この日の演奏曲のコンセプトは、ウォン自身がプログラムで語っている通り「根源的な民族音楽」。最初の曲は伊福部昭(1914-2006)の舞踊曲「サロメ」より「7つのヴェールの踊り」。冒頭のハープの誘いで、サロメの物語世界が立ち上る。

初めて聞いた曲なのに、よく知っている「ゴジラ」のテーマ音楽と共通するリズムが随所に顔を出し、引き込まれる。力強く躍動感にあふれたリズムがハートをわしづかみにする。ドラマチックに展開する曲を聞きながら、もっと聞いていたい気持ちになった。

 

寺門孝之さんが「風」をテーマに描いたプログラムの表紙。11月は寺門さんが阪神間に吹くビルの隙間の突風に合うと思い浮かべるという、ボッティチェリ描く頬を膨らませて風を吹くゼピュロスの姿が

次はセルゲイ・ラフマニノフ(1873-1943)の「ピアノ協奏曲第3番」。ロシア生まれの作曲家で自身も素晴らしいピアニストだった彼のピアノ協奏曲の中でも人気の曲を、1993年神戸生まれのソリスト、三浦謙司が弾いた。

哀愁を帯びた美しい旋律に引き込まれながらも、ロシアといえば、すでに9カ月にも及ぶウクライナへの侵攻をどうしても思い出さずにはいられない日々が続く。そんな聴衆の思いを汲んでか、三浦がアンコールに選んだ曲はウクライナ出身の作曲家、ボルトキエヴィチの「10の前奏曲 op.33 第3番」だった。祈りに満ちた旋律を繰り出す指先に、三浦の思いが宿っていただろう。プログラムによると一時期、音楽の世界を離れて様々な仕事やボランティア活動にも就いた後で、再び音楽の道に戻ってきた人だそうだ。葛藤に直面して悩みながら自ら選んだ道に幸あれと願う。人生の選択を正解にしていくのは、これからどう生きていくかによるのだから(と、64歳のおばさんは思います。少し説教臭いですが、若いPACメンバーへのエールも込めて)。

 

オーケストラの曲は、ハンガリー出身のバルトーク・ベラ(1881-1945)の「管弦楽のための協奏曲」。プログラムでウォンが「すべてのセクションに重要かつ難しいパートがあるので若いPACにとっては良いレパートリー」と言っていたが、メンバーたちはその期待に十分に応えた。楽器同士が呼応し合い、趣の異なる5つの楽章を見事に演奏した。

 

そして! 満場の拍手で何度も舞台に呼び戻されるウォンの姿のかたわら、上手からパーカッションメンバーが登場。ティンパニの古川翔也が手にした拍子木を高らかに打ち鳴らして始まったアンコール曲。外山雄三「管弦楽のためのラプソディ」より「八木節」! そう、今は秋祭りの季節。なかなか収束しないパンデミックが、私たちの日常に重苦しくのしかかっているが、この曲を聞いて頭の上の霧が晴れたような爽快な気分になった。

 

コンサートマスターは田野倉雅秋。ゲスト・トップ・プレイヤーは、PACのOGでもあるヴァイオリンの西馬美奈子(大阪交響楽団第2ヴァイオリン副首席)とヴィオラの石橋直子(名古屋フィルハーモニー管弦楽団首席)とオーボエの吉村結実(NHK交響楽団首席)と、チェロの長谷部一郎(東京都交響楽団副主席)、コントラバスの山本修(東京都交響楽団首席)。PACのOB・OGはゲスト・トップ・プレイヤーの3人を含めてヴァイオリン6人、ヴィオラ3人、チェロとオーボエが各1人、コントラバス2人が参加した。(大田季子)




※上記の情報は掲載時点のものです。料金・電話番号などは変更になっている場合もあります。ご了承願います。
カテゴリ: PACファンレポート