四条通から南へ建仁寺に向かう祇園南側、花見小路通界隈。もともと京都で屈指の観光地であったが、最近はさらに観光客が溢れんばかりで、車が通るのにも一苦労するほどだ。近代化された内装の店や東京資本の店のオープンも相次いでいる。街の様相が少しずつ変わってくるにつれ、流れる空気も変わってきたように思う。
花見小路通から一筋西に入った小さな路地の角に「万治カフェ」がオープンしたのは昨年。カフェのオーナー・北尾貴代子さんの生家で、亡くなった父親が2年前まで住んでいた。遺品を整理していた時、ふと「この家はどうなるのだろう。大切に集めたお茶碗や美術品はこのままどうなるのだろう」と考えた。文久元年(1861年)から「万治」の屋号で炭屋を営み、戦時中には塩や雑貨を扱って「万治さん」と親しまれてきた町家には、多くの人の営みを経た歴史があった。なんとか次世代に継ぎたい…。
まずは、京都・山科の洋菓子店「カトレア」オーナーの夫に、何かやって欲しい、と相談したが「応援するけれど、自分でやってみたら」と言われた。祇園で生まれ育った自分がやるからには、こだわってほんまもんをめざしたい。亡き父は祇園の無電柱と石畳化に15年も尽力し、見届けてすぐに逝った。その情熱を継ぐのだから。考えた末にカフェを開くことにした。
傷みの激しい町家を残すためにこだわりを持った挑戦が始まった。設計を京都の木島徹さんに依頼。木島さんの生みだす空間は土と木の使い方が絶妙で、その建築はたびたび雑誌にも取り上げられているほどだ。玄関は触らないで、という注文だけを出した。“ やるからにはとことん派 ”の北尾さんは、置く椅子も器もプロに相談しながら丁寧に選んだ。スイーツは原材料を妥協なしに定め、「カトレア」のものをベースに夫や信頼できるパティシエと相談しながら、シンプルで飽きないものを創り出した。
しかし、北尾さんは言う。「カフェはこの町家の仮の姿だと思っています。娘や続く世代が時代に合わせて変えながらバトンタッチしていくのでしょう。私が精魂込めて作った空間を全く違うものにしてもいいのです」。
万治カフェで過ごす時間は、静かで豊かだ。土壁と木の呼吸に包まれる。時々、ふわりと玄関から入ってくる風が心地よい。沢山の人が訪れて潤沢になり、無理ない存続を願う反面、有名になりすぎて行列などができれば残念だなと思っている。
※価格はすべて税別
※万治カフェ → http://manjicafe-gion.jp/
◆Writing / 澤 有紗
著述家、文化コーディネーター、QOL文化総合研究所(京都市上京区)所長。
京都、文化、芸術、美容、旅や食などなどをテーマに雑誌・企業媒体誌などの編集・執筆を担当するほか、エッセイなどを寄稿。テレビ番組や出版のコーディネート、国内外の企業の京都、滋賀のアテンドも担当。万博の日本館にて「抗加齢と日本食」をテーマに食部門をプロデュースするなど、国内外での文化催事も手掛ける。コンテンツを軸に日本の職人の技や日本食などの日本文化を「経済価値に変える」「維持継承する」ことを目的に、コーディネート活動を行っている。
主催イベントとして、日本文化を考える「Feel ! 日本 -日本を感じよう-」と、自分を見つめ直しQOLを高める「Feel ! 自分-QOL Terakoya Movement ? 」を定期開催。
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