昨年『万引き家族』で第71回カンヌ国際映画祭 パルム・ドールを受賞した是枝裕和監督と、笑福亭鶴瓶主演の『ディア・ドクター』(2009年)がキネマ旬報ベスト・テンで日本映画1位となった西川美和監督の愛弟子、広瀬奈々子監督のデビュー作『夜明け』が、1月18日(金)から全国でロードショー公開される。
広瀬監督は1987年神奈川県生まれ。2011年秋に是枝監督に弟子入りし、14年の制作者集団「分福」設立と同時にメンバーとなった。完成版を見た是枝監督からは「デビュー作には、いいところと悪いところと両方が出る。それは一番奈々子が感じていると思うけれども、作家性の強い作品になったんじゃないか」という言葉を掛けられたという。
広瀬監督は制作過程を「社会に出たところで挫折した弱い人間を主人公にしようと決めて、16年夏に最初のプロットを書いた。1年半ぐらいかけて脚本を書き、昨年1月9日から31日まで千葉県旭市とその周辺で撮影した。いい俳優さんたちに恵まれた上、是枝監督には脚本をみてもらったり、撮影最終日には現場に来てもらったり、編集も何度か見てもらったり、その都度経過を見守ってもらって恵まれていた」と話す。
20代の自分を振り返って書いたという脚本は、装丁家の父(享年70歳)を20歳大学生の時に亡くした体験がきっかけになっている。「社会人として自分がどうしたらいいかという時に、父のことを思い出した。東日本大震災が起こったばかりの頃で、私も4歳上の兄も就職が決まっておらず、どちらかが早く働かなきゃとあせっていた。自分のもどかしさをより感じたその時の感情に嘘はないと、それをベースに何者でもない弱い人間を主人公にしようと最初に決めた。当時“絆”や“家族愛”が謳われたことにも懐疑的な気持ちがあって、人と人のつながりの美しさだけではなく、もっと複雑なエゴや人間のどうしようもない部分をきちんと見つめたかった」
広瀬監督が見せる映像は淡々としており、説明をそぎ落としたストイックな映像だ。青年シンイチは何をしたのか? 哲郎はなぜ一人で住んでいるのか? 観客は想像力を駆使して見ていくことになる。
「自分自身はストイックではなく、欲はいっぱいあるんですよ(笑)。でも映画は省略することによってより豊かになり、見えてくるものがあると信じている。勇気のいることだけど、あえてそう作った。映画そのものが、ある視点のような役割をしていると思う。時間の経過とともに、何をしでかしたかわからない謎に満ちた青年が、だんだん普通のどこにでもいる弱い男の子に見えてくる。逆に、気のいい親父と思えた哲郎が、だんだん狂気を帯びて見えてくる。カメラは視野が狭く、人間の一面しか見えていない。そのことに観客が気づかされるということをイメージしていた」
シンイチを演じる柳楽優弥は最近、弾けた強い役が多かった。だが、本作の彼は強いまなざしの中に不安がほの見えて、デビュー作『誰も知らない』の繊細な子どもの彼とつながったように見える。「撮影に入る前、柳楽さんに『できるだけ何も考えずに撮影に臨みたい』と言われた。その場で感じることをそのままリアクションしてもらえるような演出を考えた。だからナマなものが出ているんじゃないかと思う。役者として長くキャリアを積んだ後に、そういう居方ができるというのは、器が大きいんだなと感じた」
暗闇の中ずっと手探りで歩いているような作品だが、タイトルの「夜明け」には「いつか夜が明けてほしいという私自身の願いを、希望を込めてつけた」と言う。
「ラストシーンも観客に委ねた。誰かに従うことしかしてこなかった主人公が初めて立ち止まって、自分の足で歩いていくのかどうか。答えを『見つける』だけではなく『見つけられない』と気づくことも、一つの答えというか。『立ち止まる』ことを肯定したかったんだと思う。わからないものはちゃんとわからないまま表現したくて。複雑な感情もなるべく複雑なまま。3.11後をどう生きるか。直接的には描いていなくても、それを盛り込んで、何かをわかった気にさせないようなものを作りたいなと。そういう挑戦をしたデビュー作でした」
イギリスのことわざに「夜明け前が一番暗い(The darkest hour is just before the dawn.)」という言葉がある。その言葉を思い出させる、味わい深い作品だ。
【公開日程】1月18日(金)からシネ・リーブル梅田、なんばパークスシネマ、神戸国際松竹、MOVIX京都、MOVIXあまがさき で公開。