究極のラストまでノンストップの153分! 神戸出身の春本雄二郎監督 世界が絶賛した第2作「由宇子の天秤」関西でも公開

【作品解説】女子高生いじめ自殺事件の真相を追うドキュメンタリーディレクターの由宇子(瀧内公美)が、父(光石研)から聞いた”衝撃の事実”とは? 由宇子は、究極の選択を迫られることになる――。出演はほかに、河合優実、梅田誠弘、松浦祐也、和田光沙、池田良、木村知貴、川瀬陽太、丘みつ子。長編アニメーション「この世界の(さらに いくつもの)片隅に」の片渕須直もプロデューサーとして参加

神戸市出身の春本雄二郎監督(42歳)が脚本・編集・プロデューサーの4役を務め、昨年完成させた「由宇子の天秤」が全国で公開されている。完成後には世界三大映画祭の一つ、べルリン国際映画祭パノラマ部門にノミネート、韓国・釜山国際映画祭ではコンペティション部門で日本人として12年ぶり、史上3人目の最高賞を獲得など、瞬く間に世界中の映画祭を席巻した話題作だ。関西では10月1日(金)からテアトル梅田とアップリンク京都で、15日(金)からシネ・リーブル神戸で公開される。今夏、プロモーションを兼ねて里帰りした春本監督に話を聞いた。

【春本雄二郎監督インタビュー】

――先の読めない巧みな脚本が絶賛されていますね。

監督デビュー作だった前作「かぞくへ」(2016年)を製作する前から「由宇子の天秤」の脚本は書いていました。僕は物語の登場人物が、最初と最後で一体どう変わっているのか。それによって、どういうことが表現されているのかが、映画だと思っています。

――タイトルの「天秤」という言葉が印象的です。

シナリオを書く時にはいつも、主人公が何と何に葛藤し、何を選択するのか? そういうところに摩擦が起きてドラマが生まれると思っています。葛藤を起こしている時には必ず何かを天秤にかけて選んでいると思うんです。

この作品にはいろいろなパターンで、天秤にかけなければならないものを盛り込みました。人間の善悪、誰の言っていることを信じるのか? その話は真実なのか? 社会における自分の立ち位置を優先するのか、家族としての、娘としての、教師としての自分、何を優先するのか?

「映画を見て何を感じたか」が自分自身を知る鏡になる

――監督は「この映画を見て、どう感じたか話し合ってほしい」と希望されています。

映画を見るのはパーソナルな体験ですが、見終わった時に何を感じたのか、誰かの言葉を借りることなく、自分自身の言葉で言語化して、話し合ってみてほしいと思います。

本を読まない、映画を見ない人たちが増えてきたからか、僕は最近、日本人は自分の言葉をきちんと言語化することが足りていないと考えています。大体みんな他人の言葉を借りてくる。きれいだけど魂がこもっていない。演技ワークショップで若い子たちを見ていても、感じたことを言葉にすることに慣れていないのではないか、と。

誰かと見たものを言語化して話し合うことは、自分とは違う解釈があるということを知る機会になります。閉じた世界にいすぎると、自分がいつも正しい。自分が感じたことがすべてだと、視野が狭くなってしまいます。

というのは、前作を公開した時、若い男の子が質疑応答で言った言葉がすごく印象的だったんです。「どうして主人公は、最後に親友を許すのですか? 僕だったら腹が立って許したりしない。あなたの脚本のミスだと思うのですが?」と言ってきました。「僕の解釈が正しくて、あなたが間違っている」という論理展開をしてきた。これはすごく危険なことだなと思ったのです。「それは、あなたの見方であって、みんなの見方ではないかもしれませんよ。それを話し合ってみませんか?」と言ったのですが、その子は不服そうでした。現代の若い世代の人たちの中に、自分とは違う意見を拒絶してしまい、受け止めるという度量がなくなっている人が増えてきているのかなと思いました。

映画を見終わった後に感想を話し合うのは、自分の言葉で言語化する最良の機会になると思っているんです。それは結局、自分自身の鏡になる。人は自分のことがなかなかわからないものですが、何かにリアクションすることによって、自分の心が浮き彫りになっていく。自分が、この映画や登場人物たちに対してどういう感情を抱いたのか? そこから自分自身の心が見えてくるんじゃないでしょうか。例えば、自分はこういうことに対してモヤッとする人間なんだ、怒りを覚えるんだ、嫌悪感を覚えるんだ、好意を持つんだ、など。

――役者さんたちの熱演も素晴らしかったです。

リハーサルは7日間以上、ひょっとしたら10日間ぐらいやったかもしれません。それまでの積み重ねでしか出てこないラストシーン以外は、公民館の会議室みたいな場所でほぼ全シーンしました。リハーサルではキャラクターを造形したり、カメラワークを決めます。カメラが回ってからできるだけ長い時間、役者をその世界に置くことで、台本に書かれた以上の動作だったり言葉だったりが偶然出てくる確率が上がります。リハーサルで、ある程度芝居を固めて、カメラワークで、1カットの中にいろんなサイズが存在するように計算するので時間がかかるんです。

1978年神戸市須磨区生まれの春本雄二郎監督。「20歳になる前まで名谷のニュータウンにある実家で暮らしていました」=8月6日、神戸市内で

偶然の出会いの積み重ねで映画監督の道へ

――高校時代から映画監督を目指していたのですか?

親戚がみんないい大学に入っていたので、県立長田高校時代は部活もせずに塾に通って好きでもない勉強ばかりしていました。その頃は、自分の将来が見えている気がしていた。就職してあまり好きでもない仕事を定年まで働いて「俺の人生って何だったんだろう?」と振り返るような人生を送るんじゃないかと。絵を描くことが好きで理系だったので建築学科に行きたかったのですが、大阪府立大学の機械システム工学科という自分にとっては謎の学科にしか受からなくて、神戸から2時間半かけて通っていたのですが、1週間で心が折れました。よくわからん学科に4年間も通えん、と。

だったら自分が好きだった絵を描くことに人生のすべてを賭けたらどうなるんだろうと思い、母親に直談判しました。母親は最初大反対したものの、次第に応援してくれるようになって(とても感謝しています)、1年間絵の勉強をする予備校に通いました。その時の先生が非常にいい先生で、スタジオジブリのアニメーションが好きだと言うと「お前はアートの絵を描くよりも、アニメーション映画の方に行った方がいいんじゃないか? 東京の日大に芸術学部映画学科というのがあるぞ」と教えてくれた。「え、そんな大学あるんですか!?」とワクワクしたんです。そこでアニメーションを学べば、スタジオジブリに入れるかもしれない。それが浪人3年目、2000年の夏のことでした。

そして日大受験の面接の時に衝撃的なことを言われました。「春本くん、アニメーション映画監督になりたいと書いているけれど、うちの学科ではアニメーションは教えないよ」。焦りましたが、ここで変なリアクションをしたら落とされると思って「アニメーション監督にはなりたいですけれど、映画の勉強はすべてにつながると思うので、僕はここで映画を勉強したいんです」と話した。結果、受かったんですが、教えてもらえると思っていたことが教えてもらえない。実は日大は映像コースでアニメーションをやっていたが、それはアートのアニメーションで、クレイアニメのようにコマ撮りするもので、僕が受けたのは監督コースだったんです。僕は勘違いしていたんですね。

後はスタジオジブリの門を叩くしかないかなと思って東京へ行ったのですが、映画好きの子たちが40人ほど集まってきているので、いろんな面白い劇映画を見せてくれた。そこで、コーエン兄弟とか、ウォン・カーウァイ(王家衛)とかの映画監督をどんどん教えてくれて、そっちへはまっていった。わ、すごいオシャレだ。カッコいい。こういう映画作りたい、と思っちゃったんです。影響されやすいんですね。

卒業後は映画やドラマの現場で10年間演出部で働きましたが、制約づくめの現場で「これは表現ではない」と気づいて独立映画製作の道へ。親に直談判したあの日から、自分の心にだけ従って生きています。甘ちゃんですけれど。よく考えたら、小さい時からやりたい放題やってきました。将来が見えていると思った高校時代から、今は一寸先が闇ですが。でも、その方がすごく楽しくて。自分で選び取ったものは自分でケツ拭くしかないので死ぬほどやれるんです。

――そんな経験があるから、監督が書く脚本の人物像に深みがあるのでは?

確かに。人生には無駄なことなんてない。暗黒時代も無駄ではないですね。

――役者さんを選ぶ時に人間性を見ると言っておられます。主人公の由宇子を演じた瀧内公美さんは、冒頭の河原のシーンも、塾の先生をしている時も、確信してそこにきちんと立っている感じを受けました。

僕は、いい部分も悪い部分も含めて自分自身のことを受け止められている人かどうかということを、まず第一に見ます。映画の中の俳優って結局、動きだったり、言葉だったり、気持ちだったりを自分の中からひねり出してくるので、本人がどう生きてきたかが出ます。何をインプットして何をアウトプットしてきたか。厚みのない、深さのない、広さのない人は一発で看破されます。それはワークショップで分かるようになりました。

話している時の目、選び出してくる言葉。きれいごとしか言わない人もいる。僕に対していい部分だけ見せようとしている人はつまらない。そんな時、僕は「あなたは一面しか言わなかったけど、あなたが言わなかったこと、すっ飛ばしたところに僕は興味がある」と話します。家族構成も毎回聞いて、根掘り葉掘り言いたくないところを逆に突いていく。言いたくないところにこそ、その人間が形作られている理由があるはずだから、そこを掘り当てるまで、僕は追及を止めません。ワークショップ3日間やるんですが、結構皆くたくたになります。

――次回作は?

僕は映画を作る上では、時代性を追うべきだと思っています。なぜその時代でその作品を作るのか。それがわかるような映画を撮っていきたいと思います。

――ありがとうございました。

 

「由宇子の天秤」オフィシャルサイト https://bitters.co.jp/tenbin/

©2020 映画工房春組 合同会社




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