神戸市民文化振興財団は指定管理する神戸文化ホールが今年で開館50周年を迎えるのに合わせ、3年間にわたる記念事業を開くと発表した。1月20日にホールで記者会見を開催。神戸市民文化振興財団理事長の服部孝司さん、神戸市室内管弦楽団音楽監督の鈴木秀美さん、俳優の宇田琴音さん、ダンスカンパニー アンサンブル・ゾネ主宰の岡登志子さん、貞松・浜田バレエ団代表の貞松融さん、大澤資料プロジェクト代表で神戸女学院大学非常勤講師の生島美紀子さんが出席した。
服部理事長は「50周年のテーマは『Creating in Kobe 神戸で創る』に決めました。神戸が生み、創り出した芸術家を振り返り、次代に向けて、神戸の創造拠点であり続けるように3カ年計画で展開したい」と意欲を強調。2027年以降、三宮エリアに建設される新ホールへの段階移転を見据え、これまで蓄積してきた文化的資産を生かし、市民の愛着や信頼に応えて、交流の拡大や人材育成にも果敢にチャレンジしていく姿勢を見せた。
記念事業1年目の2023年度は「港町讃歌」と題し、古くから海外との交流が盛んな港町・神戸ゆかりの芸術文化に光を当てる。
第1弾は5月19日(金)18時30分から大ホールで開く「神戸市室内管弦楽団 神戸市混声合唱団 ガラ・コンサート『神戸から未来へ』」。管弦楽団と混声合唱団の二つの演奏団体を有するホールの特色を最大限に活用。指揮に世界で活躍する山田和樹を迎え、日本人作品にこだわった特別プログラムを届ける。
神戸が生んだ不世出の作曲家、大澤壽人に注目。大澤は1906年に神戸で生まれ、関西学院を卒業後、30年に米国ボストンへ。日本最初期の「ピアノ協奏曲」、日本初の「コントラバス協奏曲」、大作「交響曲第1番」を完成させ、渡仏後はパリで日本人初となる自作自演の大演奏会を成功させるなど活躍した。
しかし36年に帰国後は、先鋭的な作風が理解されず、戦況が悪化する中にあって「愛国的ではない」と国内から批判。自身のキリスト教信仰を背景に44年には「ベネディクトゥス幻想曲」を秘密裏に作曲し、ラジオで2回演奏されるも、その後、演奏されることはなく、音楽ファンの間では幻の大曲とされてきた。大澤は戦後、ラジオや映画、宝塚、松竹の音楽などで活動する一方、神戸女学院で教壇に経ち、55年に急逝。今回、「ベネディクトゥス幻想曲」を室内管弦楽団と混声合唱団の組み合わせ上演。演奏会で披露されるのは世界初になるという。
大澤の業績を長年研究してきた生島講師は「終戦直前に人知れず神に祈って書いた魂の名作。作曲から79年が経つが、現在の世界情勢を見ていると大澤が憂いた本質的な問題は残念ながら変わらないのではないか。神戸の団体によって復活することは極めて意義が大きい」と話した。
コンサートでは武満徹の名作「系図-若い人たちのための音楽詩-」を室内管弦楽団とアコーディオン(大田智美)の演奏に乗せて、兵庫出身の俳優・宇田琴音が語りを聞かせるのも見どころだ。宇田は「50年も歴史がある神戸文化ホールに立たせていただけるのはとてもうれしい。あなただけの語りが良かったと言ってもらえるように精一杯がんばりたい」と抱負を述べた。
武満徹作品では「うた」も合唱団が歌うほか、神戸市出身の作曲家、神本真理の新作「暁光のタペストリー」も初目見え。山本直純(阪田寛夫作詞)「えんそく」に続き、最後は特別編成された神戸文化ホール50周年記念合唱団の子どもたちの元気な歌声で締めくくる。
10月21日(土)15時からは「緑のテーブル2017~神戸文化ホール開館50周年記念Ver.」が上演される。近代ドイツを代表する振付家クルト・ヨースが1932年に生み出した「緑のテーブル」をもとに、神戸を拠点に国内外で活躍する振付家の岡登志子が2017年に完全オリジナルとして創作発表したダンス作品。「反戦バレエ」と呼ばれる原作の精神が、現代人の感性や身体を通して、人間の営みにおける普遍的なものを問いかける。
岡さんはドイツNRW州立フォルクワング芸術大学舞踊科を卒業。同国で習得したダンスメソッドを実践し、1993年から神戸を拠点に人間の実存を問う作品づくりを続けている。2010年から大野一雄フェスティバルに毎年参加。2018年に神戸市文化賞を受けるなど、神戸との接点は深く、今回は戦争が迫る20世紀前半に生まれたドイツの名作が、開館50周年の特別版として再創作が実現した。岡さんは「時を越える存在として原作にはない『風』を置き、貞松代表に演じていただきます。平和のありがたさを感じていただけたら」と期待を込めた。
貞松代表は1932年生まれ。戦争の経験から「芸術は人を裏切らない」という思いで舞台芸術に飛び込み、法村康之、松山樹子、マリカ・パゾプラゾヴァに師事。欧米や中国などで研修を重ね、2012年に文化庁長官表彰、2022年に第70回舞踊芸術賞を受けるなど、神戸の舞踊界を長年リードしてきた。貞松さんは「終戦直後、電車の窓から焼け野原になった神戸の町の向こうに海が見えた光景を今でも鮮明に覚えています。当時は神戸を文化不毛の地という人までいた。神戸の文化再興を願い建てられた神戸文化ホールが50年を迎え、舞台に立てるのは極めて光栄なこと。神戸らしい文化を追求し続けたい」と話した。公演では中村恩恵、垣尾優の実力派も同じ舞台に上がり、平和への思いをつなぐ。
12月16日(土)14時からは神戸市室内管弦楽団と神戸市混声合唱団の合同定期演奏会「ハイドン:オラトリオ《天地創造》」を開催する。年に一度の合同演奏会が50周年のスペシャル版で登場。2021年にヘンデルの「メサイア」で年末の神戸を沸かせた鈴木監督(指揮)とチーム神戸が、今年はハイドンの「天地創造」を披露する。同曲はロンドンでヘンデルの「メサイア」をはじめ、ヘンデルのオラトリオを聞いたハイドンが刺激されて作曲。注目度急上昇中の隠岐彩夏(ソプラノ)、日本を代表する櫻田亮(テノール)、実力派の氷見健一郎(バス)の豪華ソリスト3人が顔をそろえ、鈴木が最も得意とする大作に挑む。
鈴木は「神戸生まれの私にとっても、神戸文化ホールはチャンスを与えてくれた場所。『天地創造』はクリエーティブでイマジネーションにあふれ、50周年にこれほどふさわしい曲はないのではないでしょうか。神戸の皆さんにぜひ聞いていただきたい」と意欲を見せた。
50周年に合わせてロゴマークも制定。デザイナーの鈴木大義さんが、舞台の袖幕をイメージし、「新しい時代は、いつも舞台袖から始まる」とのコンセプトで作った。来年2月には筒井康隆の傑作小説「ジャズ大名」を舞台化した新作の上演も予定されている。2024年度は「劇場讃歌」をテーマにシェークスピア生誕460年を取り上げ、2025年度は戦後80年と阪神・淡路大震災から30年をテーマに据える。神戸文化ホールの取り組みが注目を集めそうだ。