1923年東京・浅草に生まれ、90年に67歳で亡くなった時代小説の大家・池波正太郎。その生誕100年を記念して、今春、豊川悦司主演で2作品が相次いで劇場公開された「仕掛人・藤枝梅安」(河毛俊作監督)に続くビッグプロジェクトが始動している。
題して「鬼平犯科帳」SEASON1
5代目の鬼平、長谷川平蔵に十代目松本幸四郎を迎え、2024年1月、時代劇専門チャンネルで放送予定の2時間スペシャル「鬼平犯科帳 本所・桜屋敷」。5月に劇場公開予定の「鬼平犯科帳 血闘」。映画公開に合わせて時代劇専門チャンネルで放送予定の1時間ドラマの連続シリーズ「鬼平犯科帳 でくの十蔵」と「鬼平犯科帳 血頭の丹兵衛」の4作品がラインアップされている。
4作品の監督は山下智彦。吉右衛門の「鬼平犯科帳」の第1回作品では助監督を務め、2016年「鬼平犯科帳 THE FINAL」では前後編の監督を務めた。脚本は今春の「仕掛人・藤枝梅安」に続いて大森寿美男。音楽は吉俣良。
累計発行部数3.000万部を超える大ベストセラー時代小説「鬼平犯科帳」は、1969年に原作者・池波の強い希望で初代松本白鸚(当時は八代目松本幸四郎)主演で映像化。その後、丹波哲郎、萬屋錦之介に引き継がれ、89年からは二代目中村吉右衛門が長く、長谷川平蔵を当たり役で務めた。
吉右衛門の「鬼平犯科帳 THE FINAL」(2016年、山下智彦監督)から7年、十代目松本幸四郎を軸に、松竹・京都撮影所で撮影が進む新たな「鬼平犯科帳」。一体、どんな陣容なのか? 6月7日に行われたレギュラー出演者発表会見の様子をお伝えしよう。
「いいもの」を最強のメンバーで
開口一番、幸四郎は「時代劇の傑作を最強のメンバーで作っています」と胸を張った。
「このレギュラー陣ですので、こんな幸せなことはない。自分は、その真ん中に立っていなければならない。そういう刺激的な毎日です。
2年前にお話をいただいた時、迷いなく素直に『やらせていただきます』という言葉が出たことが、振り返ると不思議な気持ちです。祖父も叔父も演じた鬼平。叔父の鬼平はリアルタイムでも見て、出演させていただいたこともありますが、今は残っている映像を改めて見ることしかできません。それらを踏まえて、今までの鬼平、小説の鬼平、それをご覧になっていた方々の鬼平のイメージ、そして新しく『鬼平犯科帳』を知る方々に、真正面からぶつかっていくつもりで取り掛かっております。
今まではこうだったからこう変えてみようということもなく、全く今までのものは知らないということでもなく、いいものはいい。いいものをこのメンバーで作ろうと。毎日、もっともっと熱く、自分ができる全部をやる。5代目長谷川平蔵、十分に比べていただきたい」。気迫のこもる挨拶をした。
若き鬼平「本所の銕」を染五郎が演じる
現在、撮影しているのは2時間スペシャル「鬼平犯科帳 本所・桜屋敷」と劇場版「鬼平犯科帳 血闘」だ。「鬼平犯科帳」SEASON1の冒頭を飾る2作品で、なぜ長谷川平蔵が「鬼の平蔵」と言われるようになったのかがわかるという。
放蕩無頼の生活を送って「本所の銕(てつ)」と呼ばれていた鬼平の青春時代を染五郎が演じる。「のちに『鬼の平蔵』と呼ばれる人間は、人情深いところもありながら、銕三郎時代はやんちゃしていた。とても難しかったのですが、新境地の役柄に挑戦させていただいて、うれしかった」と染五郎。
撮影に入る前に吉右衛門の演じた「血闘」と「本所・桜屋敷」を改めて見たという。
「全く同じシーンはなく、ほぼ同じシチュエーションの場面でおじさまが銕三郎時代を演じておられる短いシーンから銕三郎全体の人物像を自分なりに膨らませて、そこを自分の中で考えて、演じるたびに思い出すようにしました。
また、同一人物なので同じシーンに登場することはないのですけれど、撮影の日が被ったりして父が平蔵の格好で現場にいると、未来の自分が目の前にいることに。タイムスリップしたような気分になりました」
長谷川平蔵は実在の人物
幸四郎は「長谷川平蔵は江戸時代の実在の人物です。火付盗賊改方という部署も実際にありました。普通の警察ではなく、凶悪犯罪を取り扱う専門グループですので、相当な力を持った集団です。その中で『鬼平』と呼ばれるようになったということは、どこに行くにも先頭を切って行ったんでしょうね。それぐらいアグレッシブというか、強烈。いざとなった時の怒りというか、決断というか、行動というか、それが強い。それこそ鬼のような、その強さ。だから鬼の平蔵と言われるようになった。そんな平蔵を演じるのが自分のテーマ」という。
そして「火付盗賊改方の中でそれぞれのキャラクターがある。それぞれの熱さ、剣の強さに加え、役柄も重要です」と話す。
同心たちも絶賛する名乗りシーンは必見
来年5月放送予定の連続シリーズ「でくの十蔵」で重要な役を演じる小野十蔵(柄本時生)は、吉右衛門の鬼平では時生の父・柄本明が演じた。「父がやっていた役なので、恥をかかないように一生懸命頑張りたい」と抱負を語った。
鬼平の腹心、筆頭与力の佐嶋忠介を演じる本宮泰風は「同心の中にも階級があり、映像でも座り位置や立ち位置、動きにも違いがあるので、その辺もご覧になっていただけたら」と話す。
宮川朋之エグゼクティブ・プロデューサーに「逃げながらでも敵をやっつけていく」身体能力の高さを絶賛された浅利陽介は同心・木村忠吾役。「座ったり、立ったり、刀の扱い方など、所作の部分でいろいろと迷うことがあるので、幸四郎さんをいつも参考にさせていただいています!」と笑わせた。
同心一同が異口同音に「カッコいい!」と絶賛したのが、「火付盗賊改方、長谷川平蔵である」という名乗りのシーン。
「幸四郎さんが火付盗賊改の衣装を着て現場に来られた時、僕は震えましたね。現場にいてしびれた。グッとくるものがありました」と本宮が言えば、「僕も名乗りの姿を見て、ゾクッとしました。やはり長谷川平蔵という人物になりきっておられた。本当にシャープで、きりっとされていた」と、いつも冷静な筆頭同心、酒井祐助を演じる山田純大。
名乗りのセリフを隠し撮りしてお宝にしたと明かした柄本は「吉右衛門さんのを見させていただいていたので、幸四郎さんからどのような声が出るのだろうとすごく楽しみでした。声を聞いた瞬間、ゾワッとして、ああ、この座組に参加できてよかったなと、改めて実感しました」。
剣の達人の同心・沢田小平治を演じる久保田悠来は「名乗りももちろんなんですけれど、殺陣で対峙させていただいた時、包み込むような包容力を感じました」。
妻・久栄と若き日を知る密偵2人との絆
幸四郎は「鬼平は男祭りと言っていいほど、男ばかりが出てくる作品ですが、久栄とおまさの存在は大きい。久栄という役は、鬼平がホッとする場面で出てくる。迷いがある時には手を差し伸べてくれる。静かなシーンですがとても大事なシーンだったりします。仙道さんとのシーン、本当に救われています」と妻・久栄役の仙道敦子を称えた。
仙道は「お引きずりの着物で演じるのは初めてで、私はいつも緊張して現場に向かうのですが、幸四郎さんがいつもさりげなく緊張をほぐしてくださる。人に対してとてもフラットに接する姿が役柄に通じると思いました。とても気遣いがある方だと感謝しております」。
劇場版「血闘」で重要な役を演じ、密偵となるおまさ役の中村ゆりは「今の時代よりももっと身分の違いがあった時代に、裏の社会でしか生きられないところに生まれ落ちた人間が、身分の違う方から初めて対等に扱っていただき、すごく大切なことを教えていただいた。鬼平さんとの出会いは、おまさにとって人生を変えてくれるような強烈な出会いだったと思います。だからこそ『何よりもこの人に仕えたい』『この人のためだったら命さえ捨てられる』。それぐらい、お慕い申し上げている方だと思います」。
おまさと並んで鬼平の「本所の銕」時代を知る密偵・相模の彦十役の火野正平は「山下監督と結構仲が良かったんで、ずいぶん前に『こんなんやるから、お前出ろよ』と言われていました。火野正平という名前は昔、池波正太郎さんが付けてくれたものです。やっとそういう縁が来たかと思いました。『幸四郎さんって、どういう人かな』と思って現場にきたら、いつもニコニコ笑っているし、優しいし、お茶目で驚いた。何とか彼をカッコよく見せなきゃと、とにかく『平蔵が好きで好きでたまらない』と思ってやっています。この作品に長く携われるよう、精進します!」。
説得力のある江戸の人間ドラマを
最後に幸四郎は「絶賛撮影中の『鬼平犯科帳』はいわゆる捕り物帳ですが、人がどう生きていくか、そういう生き様が描かれた作品です。今の日本とは遠い江戸時代は、ある意味でフィクション。舞台も歌舞伎もそうですが、皆で説得力のある江戸を作って、日本の時代劇って、こんなに豊かで面白いじゃないかということを発信して、盛り上げていきたい」と力強く語った。
宮川朋之エグゼクティブ・プロデューサーは「レギュラー出演者のほか、ゲスト出演者も豪華な皆さんが集まってくださっています。来年5月にはSEASON2として連続シリーズ2作品を撮影することも決まっています」と報告。「放送作品は同時配信されるので、様々なチャネルで新たな鬼平をお楽しみください」と呼び掛けた。
池波正太郎生誕100年を飾るビッグプロジェクト、「鬼平犯科帳」SEASON1の続報が楽しみだ。(大田季子)