リム・カーワイ監督最新作「すべて、至るところにある」虚実入り乱れ、詩情あふれるバルカン3部作の完結編

大阪を拠点に、香港、中国、バルカン半島などで映画を製作。「シネマドリフター(映画流れ者)」を自称する映画監督リム・カーワイはマレーシア生まれの中国人。「新世界の夜明け」(2011)、「Fly Me To Minami 恋するミナミ」(2013)、「COME & GO カム・アンド・ゴー」(2020)の大阪3部作ほか、コロナ禍では実在の映画監督渡辺紘文を主人公に全国のミニシアターを行脚するロードムービー「あなたの微笑み」(2022)を発表。現在、本作のほか、日本全国のミニシアター22館をインタビューした「ディス・マジック・モーメント」も公開中=1月22日、大阪市内で

1月末から全国で順次公開されているリム・カーワイ監督の最新作「すべて、至るところにある(英題:Everything,Everywhere)」(88分)が、3月15日(金)から関西でも公開される。かつて“ヨーロッパの火薬庫”と呼ばれ、第1次世界大戦が勃発したバルカン半島を舞台にした3部作の完結編だ。全国公開を控えた1月22日、大阪でリム・カーワイ監督にインタビューした。

【リム・カーワイ監督インタビュー】

――とても美しい映画で、詩情を感じました。これまでに見たことのない景色、旧ユーゴスラビアの巨大な建造物(スポメニック)や世界遺産にもなっているボスニア・ヘルツェゴビナのモスタルの橋もステキです。“シネマドリフターズ”としては「これを撮りたい」というのがあったのですか? そもそもなぜバルカン半島へ?

リム 自分には「映画を撮りたい」という気持ちがまずあって、面白い人やおもしろい風景に出会うとそこで映画を撮りたくなります。

本当にたまたまですが、2016年にバックパッカーでギリシャも含めた東ヨーロッパを回っていました。最後にたどり着いたのが東ヨーロッパの一番南のバルカン半島でした。日本にいる人は行ったことのない人がきっと多いでしょう。

【ものがたり】エヴァ(アデラ・ソー)は旅先のバルカン半島で、映画監督のジェイ(尚玄)と出会う。その後、パンデミックと戦争が世界を襲う。ジェイはエヴァにメッセージを残し、姿を消してしまう。エヴァはジェイを探しに再びバルカン半島を訪れ、かつてエヴァが出演した映画が『いつか、どこかで』というタイトルで完成していたことを知る。セルビア、北マケドニア、ボスニア・ヘルツェゴビナでジェイを探す中で、エヴァはジェイの過去と秘密を知ることになり……。

その時は知識がまるでなかったけれど、昔、ユーゴスラビアで紛争があったことは知っていたし、ずっと戦争をしているところというイメージがあった。でも、行ってみたら想像していたところとは全く違っていた。戦争は終わっているし、人々も元気で生き生きとしている。だからまず、そのことにすごく感動を覚えました。

2000年以降に生まれた人は戦争体験がない。それ以前に生まれている人はみんな体験しているし、誰もが何らかの形で戦争と関わっていた。そんな彼らと話していると、過去の悲しい出来事は忘れて、これから新しい世界に生きていこうとする決心も感じた。その一方で、過去のことは心の傷として残っている。それが僕には新鮮で、彼らの気持ち、彼らのことを知らなかったから余計に興味を持つことになりました。

もう一つは風景。おっしゃる通り、すごくきれいですよね。今回も、すごくきれいな風景を出していますが、前2作にはもっときれいな風景を出しています。え、こんなにきれいなところがあるのか。こんなきれいなところで絶対に映画を撮りたいなと思えるような。だからバックパッカーを終えて日本に戻ってから「COME&GOカム・アンド・ゴー」(2020)の準備をしながらもずっと、心の中の「もう一度行きたい」という気持ちが抑えられなくて、2017年にもう一回行きました。行くだけでは面白くないので、映画を撮ることにした。それが全ての始まりです。

――その時にバルカン半島で撮った映画が 「どこでもない、ここしかない(英題:No Where,Now Here)」(2018年/スロベニア・マケドニア・マレーシア・日本)で、その次が今回も出演している2013 年度ミスマカオのアデラ・ソーが主役で登場する 「いつか、どこかで(英題:Somewhen, Somewhere)」(2019年/日本・クロアチア・セルビア・モンテネグロ)。今回が完結編ですが、どの作品も撮影手法が独特ですね。

リム 映画を撮るにはお金がかかります。ただ、ドキュメンタリースタイルで旅行しながら撮るとしたら、旅費はかかるけれど、普通の映画よりもかなり節約できる。だから、バルカン半島3部作はいろんな条件の中で、行き当たりばったりで即興的に映画をつくるしかないと思っていました。

スタッフは現地でお願いしたセルビア人のカメラマンと録音さんと僕だけ。後は主役となる役者2人。5人が一つの車に乗って、国をまたがって移動しました。約500キロを移動するのに高速がないから15時間ぐらいかかったりする。特に今、セルビアからボスニアへの道路は本当に状況が悪くて、移動するだけで1日かかります。一方、セルビアから北マケドニアへは幸いなことに中国人がつくった、バルカン半島で唯一の高速道路があって、6時間ぐらいで行けたのですごく助かりました。

――移動も苦労されたでしょうが、撮影はもっと大変なのでは?

リム 助監督も製作もいないから、自分でその場で考えて、役者さんとスタッフに説明して撮ります。撮影許可はその場で取ります。例えばスポメニックでの撮影は、観光客もいるので、カメラを構えただけで管理人が出てきます。その場で説明、交渉してOKだったら、誰もいなくなるのをずっと待って撮ります。交渉してもダメだったらあきらめます。

プロットとキャラクターは決めていますが、脚本がないので、こう撮らなければいけないというルールもゴールもない。撮れなかったら、また別の方法、別の話を考えます。その点でも、よほど僕のことを信頼してくれる役者さんやスタッフでないと撮れません。

――「いつか、どこかで」主演のアデラ・ソーだけでなく、「どこでもない、ここしかない」に出演したトルコ人のフェデル(フェルディ・ルッビシ)が出演するなど、3部作は微妙に絡まっていますね。カフェで現地のおじさんがしゃべっているところはドキュメンタリーかと思いました。

リム はい。あのシーンでおじさんが話しているのはドキュメンタリー、真実です。最小限の人数でやっているので、現地の人にお願いして映画に出てもらっています。戦争体験者たちはボスニア・へルツェゴヴィナで90年代にあった紛争で、親戚や家族を亡くし、みんな今一人暮らし。カフェでゲームをしてコーヒーを飲みながら過ごしている。それをそのまま撮りました。そういうところも見て、感じてもらいたい。

この映画はコロナで撮影が2年遅れました。2022年に日本ではまだ入国制限もあったけれど、ヨーロッパは解放することになったからチャンスだと思って行きました。

いくらドキュメンタリースタイルでも準備はやっぱり必要で、まずスポメニックに関する本を買って読みました。旧ユーゴスラヴィアに100カ所以上、巨大なモニュメントがあります。ほとんど旧ユーゴスラヴィア時代に作られ、今は7つの国に分けられて、それぞれの国の持ち物になっています。写真集でカッコいいモニュメントを見つけてルートを調べ、今回撮影するセルビアから北マケドニアに行く時に回れる場所なのか、近辺のスポメニックを物理的条件に従ってチョイスしました。

7月の半ばぐらいに現地のロケハンやシネハン、現地の人との関係作りをして、8月にクランクインして9月の頭にバルカン半島の部分はクランクアップ。いくつかの室内シーンの追加撮影を日本で撮って、日本でクランクアップしたのは9月下旬。それで編集して完成したのは2023年の6月下旬。音の仕上げもバルカン半島でやりました。11月に北欧のエストニアの首都タリンで行われた映画祭でワールドプレミア上映しました。映画祭の観客は目からうろこだったのではと思います。「なるほどね、こういう形でも映画は撮れるのか、しかも面白い映画になっている」と。

――バルカン3部作は、どれもタイトルが意味深です。昨年のアカデミー賞受賞作「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」とも被ってたりして……。

リム 被ったのは偶然、というか、考えたのはこっちが先ですよ(笑)。

――このタイトルは、日本人としては汎神論というかアニミズムというか、いろいろなものに神が宿っているという感覚を思い出させます。

リム それを感じてもらってもいいと思います。

バルカン半島はずっと不安定な場所で、今は一時的に平和になっている。世界がコロナ禍になったり、ウクライナも実は近い。パレスチナとイスラエルの戦争も始まった。全体をもっと長いスパンで見て、バルカン半島の歴史を考えると、これからも常に不安定になるでしょう。こんなに不安定な世の中が続いている中で、僕たちはどうしたらいいのか。

スポメニックのような巨大なモニュメントも戦争の犠牲者やヒーローの墓や記念碑なんです。モニュメントは人が作ったもの、壮大な景色は人が作ったものではない。それを前にすると人は無力感、孤独感を感じる。ちっぽけな自分。それは映画監督のジェイが感じたことでもあるでしょう。彼は耐えられなくて。最初は映画を作りたくて、すごくナルシストだったジェイはボスニアに行ってから、パンデミックもあって現地の人をまじめに取材していくと、病んでいった。しかし彼がなぜ変わっていくかのプロセスは描いていない。

映画の中で行方不明になった映画監督のジェイは、どうなったのか。不安になって自殺したのか、宇宙へ行ったのか、行方不明になったのか、わからないけれど、生きていくことが一番大事。人間がどうやって生きていくかを考えてもらったらうれしい。

――詳しく描かれていなくても、断片だけでも人は想像して、間を自分で埋めていきます。ある人が「これってこういうことだよね」と言っても、別の人はそうは見ないかもしれない。監督はそれでもいいのですね

リム いろんな見方があるかもしれないけれど、メインのプロットはある。撮影する前に考えたプロットは、映画監督が消えて、その監督を探しに行く。それだけ。いかにそのプロットを展開していくかは、撮影しながら考えていました。

僕自身は楽観的な人間ではないが、ジェイのようにはなりません。世の中から消えたいという気持ちは、実は誰にでもある。でも、みんなジェイのようにはならない。ジェイがどうなったのかは観客に自由に考えてもらえればいい。

――現実と虚構が入り乱れ、わかりやすい映画とはいえないかもしれませんが、それが詩だと思えば、ステキな詩を読んだなと思えます。

リム そういうふうに思ってもらえれば、うれしいです。

――ありがとうございました。(大田季子)

 

【上映情報】3/15(金)から京都・出町座、16(土)から大阪シネ・ヌーヴォ※初日19:10の回上映後、リム・カーワイ監督の舞台挨拶。22(金)から豊岡劇場、23(土)から神戸・元町映画館で公開。

【バルカン半島3部作、一日限りの特集上映】3/20(水・祝)のみ大阪シネ・ヌーヴォで。

15:30「どこでもない、ここしかない」/17:25「いつか、どこかで」/19:10「すべて、至るところにある」

 

「すべて、至るところにある」公式サイトはコチラ https://balkantrilogy.wixsite.com/etew

 

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