二人の関係に美しさがあり物語の救いになる~5月17日(金)公開・映画「湖の女たち」大森立嗣監督インタビュー

大森立嗣監督=4月下旬大阪市内で

「悪人」や「怒り」など数多くの作品を世に送り出してきたベストセラー作家・吉田修一の同名小説を映画化した「湖の女たち」が5月17日(金)に公開される。監督・脚本を手掛けたのは、「日日是好日」「星の子」「MOTHER マザー」など多様なジャンルの話題作を世に送り出した大森立嗣監督。モスクワ国際映画祭審査員特別賞ほか国内外で賞に輝いた「さよなら渓谷」以来、10年ぶりのタッグとなる本作について、大森監督にお話を聞きました。

 

―原作の吉田修一さんとは「さよなら渓谷」以来10年ぶりのタッグとなります。映画化が提案された時に「吉田修一さんからの挑戦状だと思った。試されていると思った」とコメントされていますが、原作はこの映画化の話が出てから読まれたのですか?

いえ、最初は書評を頼まれて読みました。ものすごい小説だなと思いましたね。旧日本軍731部隊のこと、ミドリ十字の薬害エイズ事件を想起させること、LGBTのカップルに対し「生産性がない」と語った国会議員のこと。そういった負の歴史が積み重なった上に、人々が存在する。その中に主人公である濱中圭介(福士蒼汰)と豊田佳代(松本まりか)という、恋愛とも違う、形容し難い二人の関係が、どこか美しさを体現しようとしているのでは。それが物語の救いになるかもしれないと思いましたね。

編集者から書評のお礼の手紙をいただいた時に、「『大森監督が映画化してくれないかな』と吉田さんがつぶやいています」と伝えられ、そこから企画が始まりましたね。

―吉田さんの作品を脚本化する上で何か大切にされたことはありますか?

小説を初読した時の感覚をすごく大切にしました。吉田さんは事件をモチーフにして物語に落とし込むのが、すごく上手な方。積み重なった“負の遺産”を縦軸に、そして湖が横軸にあり、そこに圭助と佳代という二人がいる。「さよなら渓谷」の時もそうでしたが、吉田さんの、恋愛とか愛とか一言で形容し難い二人の関係を描いているのがすごく好きで、そこを作品の肝にしたいと思いました。

この二人は子供をつくる気なんてないし、生活を共にするわけでもない。恋や愛が芽生えるわけでもなくて、いわば“生産性のない関係”。しかし経済的に見れば、「生産性がある=良い」と思われがちなこの世の中がちょっと危ないんじゃないかという警鐘みたいなものが込められているんでしょうね。

観客が「この二人はよくわからない」という感想になってしまうのが怖いですが、二人の関係が映画の肝なので、そこは大事にして作りたいと思いました。

 

―主演の福士蒼汰さんは、完成披露上映会で「初日から3日目ぐらいはNGとしか言われなかった」とコメントされていましたが、その3日間の様子を教えてください。

福士君も最初は自分で考えてきて、彼の経験から「こういう風に動いたら的確な芝居になるだろう」と意識的にお芝居をしていたと思うんですよね。しかし僕の演出はそういう方法ではなかった。

演技というのは、目の前やその場にあるもの、例えば湖とか、その部屋の空気や明るさなど、五感で感じるものに対して反応することもすごく大事なんです。
「その場でちゃんと会話をしよう。相手の話を聞いて、その場で考えて、そしてそのセリフを言えばいいんだよ。だから今のセリフを言うタイミングは早すぎるよね。相手のセリフをちゃんと聞いてる?」みたいなことや、「『ふぅ』と言いながら座るけれど、それってなんで『ふぅ』なの?なんとなく『ふぅ』と言うことがイメージとしてはあるけれど、今そのタイミングで本当に言う?」みたいに全部ダメ出しをしました。彼も最初の3日間ぐらいは大変だったかもしれないけれど、勘がいいし、だんだん何かを掴んでくれて、うまくいきましたね。

彼は今回が初めての大森組でしたが、役へのアプローチをどうすればいいか学べたと思うので、いいきっかけになればと思いますね。福士君は今後も活躍していくだろうから、やはり取り替えのきかない俳優になってほしい。
自分の体で感じ、自分で考えて、自分のセリフを言う。それがすごく大事で、その時にやっと相手と向き合える。向き合うことによって、相手と自分が違う存在であると初めて認識でき、ちゃんと対等に立つことができる。それからは、その人のことをどうやって信頼していくかなんですよね。演技って面白いもので、すごく憎み合ったり腹が立ったりする瞬間もあるだろうけれど、その根底にはちゃんとした信頼関係がある。それってすごく豊かな空間なんですよ。彼らも演技をしていて心地いいはずですよ(笑)。

 

―松本まりかさんも「強烈な映画体験」と仰っていますが、いかがでしたか?

松本さんはかなり大変な役で不安もあったと思うので、この役について僕の考えを聞きたいのか、色々としゃべりかけてきていました。しかし、彼女の演技の幅を狭めてしまうので、「そう思うなら1回やってみたらいいよ」としか言えない。「自分の感じるように演技してみたら、それが正解だよ」「1回その場に立って向き合ってみたら、その時にわかることがいっぱいあるよ」とずっと彼女に伝えていました。

 

―共演陣も豪華な方々がそろっていますが、浅野忠信さんとの撮影現場はいかがでしたか?

今回お仕事するのは初めてでしたが、彼の仕事ぶりは結構見ていました。浅野さんは90年代の前半に出てきて、どこか時代の寵児みたいなところがあって、すごく魅力的。撮影が始まるまでは、映画俳優として怖いぐらいの存在感でしたね。だから、今回一緒に仕事ができてすごく面白かった。現場も楽しんでくれていたようで、「世の中の組が全部大森組になっちゃえばいいんだよ」て言っていました(笑)。

 

―他にも財前直見さんや三田佳子さん、福地桃子さんら女性陣が印象的でした。

財前さんは、女優としてとてもかっこいいですよね。顔のしわも人生の年輪といって隠すわけでもなく、年齢を重ねることを自然体に受け止めている。そういった年の取り方がすごく好きですね。大分に在住されたりちゃんと自分の思いがあって、すごく尊敬する女優さんです。

 

―最後に読者の方へのメッセージをお願いします。

とにかく俳優さんたちのお芝居が見ごたえ満載です。圭介と佳代という2人の関係の中に、何か光みたいなものを感じてくれたら、それが多分この世界はまだ生きるに値するものなんじゃないのかなと思って映画を作っていますので、ぜひ見てください!

 

【あらすじ】
琵琶湖近くの介護施設「もみじ園」で、100歳の老人が不審な死を遂げる。西湖署の若手刑事、濱中圭介(福士蒼汰)とベテランの伊佐美刑事(浅野忠信)は、容疑者とみなした当直の職員・松本(財前直見)への強引な追及を繰り返す。そんな中で、圭介は取り調べで出会った介護士の豊田佳代(松本まりか)に歪んだ支配欲を抱くようになり、佳代も極限の恐怖の中で内なる倒錯的な欲望に目覚めていく。同じ頃、週刊誌記者の池田(福地桃子)は殺人事件と過去の薬害事件の関係に気づき始める。

 

TOHOシネマズ梅田、TOHOシネマズ二条、TOHOシネマズ西宮OSほかで5月17日(金)から公開。

公式サイトはこちら 映画「湖の女たち」

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