日本の社会って、表面で見えているものと実態が微妙にずれてたり、ちょっと奇妙なところがあるんじゃないかな?――。行定勲監督作品「世界の中心で、愛を叫ぶ」(2004年)で映画の現場を初めて経験した帰国子女、戸田ひかるさんの映画監督デビュー作「愛と法」(2017年、日・英・仏)は、大阪で「なんもり法律事務所」を営むカズ(南和行)とフミ(吉田昌史)の弁護士夫夫(ふうふ)を中心に、彼らの仕事と日常を大胆かつ軽いタッチで、温かいまなざしとユーモアを交えて描き、見終わった後に明るい気分と元気をもらえる不思議なドキュメンタリー映画だ。
10歳からオランダで育ち、ロンドンを拠点にディレクター、編集者として映像制作に携わってきた戸田監督はこの映画を作るために22年ぶりに日本に移り住んでから、自分にとって自然な振る舞いや行動が受け容れられず、「空気を読めよ」と批判されることが多いのに戸惑ってきた。
今までこの映画を色々な国の映画祭で紹介すると、「どうして日本では少し人と違うだけでこんなに困難な状況になってしまうの?」と素朴な質問を受けることが多かった。
「日本では当たり前と思われていることでも、外から覗き込むと不思議なことが多い。私は日本社会を解説できる立場ではないけれど、聞かれた以上は体験談を含めて知っている事例を一生懸命に話して、なるべく“立体的”に日本を伝えようとしてきた。私の視点から見ると、日本はとても複雑で矛盾している。だからこそ面白いと、カメラを向けた」
戸田監督は2013年1月、あるプロジェクトのリサーチに訪れた大阪で、弁護士事務所を立ち上げたばかりのカズとフミに出会った。「ゲイの弁護士カップルであることを公言して活動し、互いの弱い部分を受け容れ合っている2人は、カップルとして理想的な関係を築いていると思った。2人のもとには日本全国から様々な相談が寄せられていたので、彼らの視点から映画を撮ると、人それぞれの状況や思いなど、社会の見えにくい側面が見えてくると思った」と、制作動機を語る。
目立ちたがり屋でお調子者、タレント弁護士活動もするカズは、戸田監督のオファーを受けて「クライアントに迷惑はかけられない。でも、もともと世間の耳目を集める裁判で、多くの人に問題を知ってほしいと考えている人たちなら、撮影に協力してもらえるかもしれない」と前向きに考えた。
3年かけて出来上がった映画に登場するクライアントたちは、いずれも国や行政を相手にした裁判の当事者たちだ。君が代不起立裁判を闘う大阪府立高校の元教諭、女性器をモチーフにした作品が「わいせつ物陳列」などにあたると起訴された芸術家兼漫画家ろくでなし子さん、出生時の様々な事情で戸籍が持てず成人後に自分の戸籍を手にした人(国内には1万人を超える無戸籍者がいるといわれている)。
カズは「それぞれの問題を世の中に伝えたい気持ちがあって、なおかつ自分をさらけ出す勇気のある人たちが撮影に協力してくれた。その人たちに取材して短時間のうちに問題の核心となる言葉をきちんと引き出した戸田監督の映像作家としての力量をすごいと思った」と話す。
講師を務めた憲法カフェでカズが参加者に「血縁関係か法的根拠がなければ家族とは言えない」と詰め寄られたり、カズとフミの暮らす家に居場所をなくした少年が居候としてやって来たり、車で移動中のフミに、裁判の関係者から納得しがたい電話がかかってきたり……。一筋縄ではいかない日常を、いたわりあって暮らす2人の姿が、とても自然に描かれる。「日本で個人を描こうとすると、家族の概念にぶち当たる。この作品では家族も大きなテーマです」と戸田監督。2人をめぐる家族模様はやわらかくやさしく大きな愛に包まれている。
第30回東京国際映画祭 日本映画スプラッシュ部門作品賞、第42回香港国際映画祭最優秀ドキュメンタリー賞、第18回ニッポン・コネクション ニッポン・ヴィジョンズ審査員特別賞を受賞したほか、各地の映画祭の正式招待作品に選ばれている。
【上映情報】9月22日(土)からシネ・リーブル梅田、10月6日(土)から京都シネマ、順次元町映画館で公開。