横尾忠則現代美術館で開催中の「横尾忠則 自我自損展」は、アーティスト横尾忠則本人をゲスト・キュレーターに迎えた珍しい展覧会だ。キュレーションとは「膨大な美術作品の中から独自の視点で作品を選び、展覧会という新たな価値をつくること」を指し、横尾本人によるキュレーションは公立美術館では初の試みという。
タイトルの「自我自損」は、エゴに固執すると損をするという意味の横尾さんの造語だそうだ。今回、サブキュレーターを務めた山本淳夫館長補佐兼学芸課長は「本人によるキュレーションというアイデアは、数年前に横尾が言い出し、当初は『自画自賛展』というタイトルで、昨年の開催を目指していた。ところが新作制作に追われ始めたため1年先送りすることになり、ようやく準備に取り掛かれたのは今年4月。アトリエを訪ねると、ものの30分でリストから作品を選んだ後、横尾はいくつかの作品に手を加えたい。展覧会のタイトルも変えたいと言い出した」と明かした。
詳しい経緯は図録を読む人のお楽しみに措くとして、確かに、自らの旧作に容赦なく手を加えて新たな作品へと変貌させたり、同一人物が描いたとは思えないほど大胆にスタイルを変えたりする横尾さんの作風は、常に自己否定を試み“自らを損なって”いるといえる。その行為には、彼自身が一貫して追求している「いかにして自我から自由になるか」というエゴイズムからの逃走を感じることができるだろう。
本展の約70点の多種多様な作品群には、横尾さんの創作エネルギーが凝縮されている。それが画面上でうねり、渦巻き、火の玉のように発光し、まっすぐに見る者を射る。横尾さんの展覧会を見終わった後、なぜかぐったり疲れたことがある人は、きっと多いだろう。彼の作品と対峙する時、鑑賞者はとても体力を要求されるのだ。
開催前日9月13日の記者発表会当日、登壇予定だった横尾さんは残念ながら体調不良で欠席。次のようなメッセージを寄せた。「今回の展覧会は学芸員のキュレーションではなく、私のキュレーションですが、キュレーションをしないキュレーションとして裏をかいたつもりです。テーマも技術も意味も目的もない、バラバラの作品をバラバラに並べたもので代表作、自信作とは何の関係もない作品です。だから、どうぞ無責任に見て下さい。
退院しても、しばらくは行動を慎むよう言われていますので、静かにしています。期間中に一度顔を出すと思いますが、その時にお目にかかればと思います。公開制作という意欲はあるのですが、体力がどう反応するかです」(前後省略)
今年1月に同館で開かれた「横尾忠則 大公開制作劇場」の初日にのべ2時間半ほどで公開制作した150号の大作「近未来への出発」も今回の展示作品の一つだ。粗削りの大胆な筆致の隣には、「制作中の画家の肖像」という同じモチーフで、後日アトリエで描いた「原郷」という作品が並ぶ。
山本課長は「『近未来への出発』は時間的な制約もあって完成とも未完成ともとれるあいまいな表情をたたえているが、今年制作された作品にはアトリエで十分時間を費やして描かれたにもかかわらず、故意に完成と未完成の狭間を追求する実験が行われているものがある。今年83歳という年齢的な制約からも様々なチャレンジをしているのだと思う」と話した。
3階展示室には、今年5月31日~7月6日に東京・谷中のSCAI THE BATHHOUSE(スカイザバスハウス)で開催された個展「B29と原郷-幼年期からウォーホールまで」で発表された最新作が一堂に並ぶ。
蓑豊館長は「ぜひ見ていただきたい作品が『滝のインスタレーション』。私は7、8年前にニューヨークの画廊で見てびっくりしたが、今回もすごい。滝の絵葉書で埋め尽くした鏡張りの部屋は、当館では初めての展示となる」とアピール。滝のポストカードは、横尾さんが制作のための資料として1988年ごろから集め始めたところ、全国各地から1万3千枚を超えるほど届いたという。実際に資料として使った数十枚以外がお蔵入りするのを忍びなかったのか、96年に「供養」のために書籍「瀧狂」(新潮社)を出版するとともに、インスタレーションとして発表し始めた。
今回は横尾さんの指示で「天井高の段差がある2階の展示室」に、約1万枚を使用したインスタレーションを甲南大学、武蔵野美術大学の実習生と神戸芸術工科大学のインターン生が3カ月かけて準備。圧巻の展示となった。
会期は12月22日(日)まで。月曜休館※ただし、9月23日(月・祝)、10月14日(月・祝)、11月4日(月・振休)は開館、翌9月24日(火)、10月15日(火)、11月5日(火)が休館。開館時間は10時~18時(金・土曜は20時まで)※入場は閉館の30分前まで。観覧料は一般700円、大学生550円、70歳以上350円、高校生以下無料。
横尾忠則現代美術館のホームページはコチラ http://www.ytmoca.jp/