「命」や「最期のあり方」をテーマにしたドキュメンタリー映画を精力的に製作する映画監督、溝渕雅幸さん(57)。2018年には、高知県四万十市で診療所を営む小笠原望医師と四万十川流域に暮らす人々との交流を描いた「四万十~いのちの仕舞い~」を発表し、全国で反響を呼んだ。現在は、20年秋公開予定の次回作「結びの島」の製作に取り組んでいる。
「結びの島」の舞台は瀬戸内海の周防大島(山口県)。半世紀前には人口約4万5000人を数えた島は人口の流出が進み、現在は約1万6000人。65歳以上が占める割合はおよそ53%と、高齢化率も年々高まっている。棚田での稲作ほかミカンの栽培がさかんで、鈴なりに果実が実るその様子から、かつては「黄金の島」とも呼ばれていた風光明媚な島を、溝渕さんは「この国の未来を体現するような場所」だと話す。
■そう遠くない将来の、日本の姿がこの島にある
今年7月のクランクインから定期的に訪れカメラを回していくうちに、島の実情がしだいに見えてきた。「豊かな自然に囲まれ暮らす高齢者の人たちは、都会の人からしてみれば悠々自適に見えるかもしれないが、ほとんどの人が、体が動くぎりぎりまで働き、代々受け継いできた棚田やミカン畑を守っている。ミカン畑で倒れてそのままお亡くなりになり、数日間見つけられなかったという話も聞きます」。浮き彫りになってきたのは、若年層の流出による後継者不足や、地域住民どうしで支え合い暮らしに安心をもたらしてきたコミュニティーの限界など。島内を車で走っていて子どもの姿を見つけると、とても新鮮に感じるとも話す。「高齢化率が50%を超えるとどんなことが起こるのか? そう遠くない将来に、この国のあちこちで起きる事象が今まさにこの島で起きている。都会に暮らす人たちに『他人事ではないんだよ』と伝えることが、この映画の役割の一つだと思い、撮影をしています」
■岡原医師の活動を通して、安心できる社会を見すえる
映画の中心的人物となるのが、この島で無床の診療所「おげんきクリニック」と複合型コミュニティー介護施設「おげんきハグニティ」を営む医師・岡原仁志さん(59)だ。住民にとって、何かあったらいつでも駆け込める「トータルに診てくれる家庭医」としての役割のほか訪問診療も行い、「この島で最期を迎えたい」と願う患者を支える存在だ。日常医療に「ハグ」を取り入れる独自のスタイルや患者を中心に据えた医療姿勢で、岡原さんの診療所は絶えず明るい雰囲気に包まれる。「かつてこの島には開業医が30人ほどいたそうですが、現在は6人だけといいます。岡原先生はその1人。今まで映像制作を通じてたくさんの医師を見てきましたが、“この先生についていけば面白いものが撮れそうだ”と直感的に思いました」と溝渕さんは振り返る。
廃校を利用した「おげんきハグニティ」は、グループホーム、小規模多機能型居宅介護、デイサービス、訪問看護ステーション、サービス付高齢者向け住宅などを併せ持つ。島の高齢者を地域ぐるみで支えるコミュニティーをつくり、「笑顔で大往生ができる島」にしたいと、施設総事業費6億3000万円の大部分を岡原さんの借金でまかなっている。
「高齢化にともない、この島では様々な問題が起きているが、その解決のために日々活動している岡原先生や施設のスタッフのみなさんの姿から、高齢者が安心して暮らしていける社会へのヒントを得られる、そんな映画を目指しています」
撮影は20年5月までを予定。その後編集作業などを経て、同年9月ごろ劇場公開される予定だ。映画HPは https://www.inochi-hospice.com/musubi/
岡原さんの医療を描いた舞台「死に顔ピース」が上演 岡原仁志さんの医療スタイルに着想を得た演劇「死に顔ピース」が10月24日(木)~11月3日(日)に中野ザ・ポケット(東京都中野区)で上演される。岡原さんが経験した看取りの場面に感銘を受けた劇団「ワンツーワークス」の劇作家・演出家の古城十忍(こじょう・としのぶ)さんが舞台化。笑いのある終末医療を求めて奮闘する医師と患者と、その家族の物語を描き、2011年に初演。今回が3度目の上演となる。 |