美術館と美術館で働く人たちを主人公にしたドキュメンタリー映画「わたしたちの国立西洋美術館~奇跡のコレクションの舞台裏~」(105分)が、7/22(土)から関西でも公開される。大阪・第七藝術劇場では公開初日の13:55の回上映後、大槻晃実さん(芦屋市立美術博物館 学芸員)と大墻敦監督のトークショーがある。公開前に、大墻監督にリモート取材した。
【大墻敦監督インタビュー】
――7/20に発行した「朝日ファミリー」の取材で、西宮市大谷記念美術館の藤江久志副館長と学芸員の作花麻帆さんが「美術館の役割は、展示を見てもらうことと、美術品を収集・保管して後世に伝えていくこと」と話しておられましたが、映画を見て美術館の人たちの仕事がよくわかりました。
国立西洋美術館はフランス政府から寄贈返還された松方コレクションを基礎に、印象派の絵画、ロダンの彫刻など、西洋美術に関する作品を広く公衆の観覧に供する機関として、1959年に発足した西洋美術に関する作品および資料の収集、調査研究、保存修復、教育普及などをおこなう国立文化施設で、広く西洋美術全般を対象とする唯一の国立美術館という特徴をもっています。
欧米には「ナショナル・ギャラリー 英国の至宝」(2014)、「パリ・ルーヴル美術館の秘密」(2003)など、美術館の舞台裏を描いた映画がありましたが、日本を代表する大規模な美術館をとりあげた映画はこれまで無かったように感じていました。本作は、美術館とそこで働く人たちについて、是非とも知っていただきたいと思い製作した映画です。美術鑑賞を愛する方々、学芸員の仕事やアートビジネスに関わりたいと願う学生さんたち、全国各地の美術館博物館で働く方々、文化庁や政治家の方々など文化行政に関わる方々にご覧いただき、何かしら参考になればと願っています。
――撮影は2020年10月「ロンドンナショナルギャラリー展」の最終日からスタートしたのですね?
改装工事のため全面休館となる2020年10月から1年半の間の出来事を記録しました。工事に伴う絵画や彫刻の移動作業、保存修復の様子、購入作品のチェック、資料収集とデータベース作成、貸し出し作品の梱包、展示会場の準備と飾り付け、学芸会議での白熱した議論、購入委員会での厳密な審査過程、常設展のリニューアルや特別展の打ち合わせなど、さまざまな出来事を撮影しました。
撮影日数は50日間ほどで、撮影時間は合計100~120時間ぐらいあったと思います。すべての現場の空気には静寂と緊張が満ちていて、撮影のときにはたいへん緊張しましたが、同時に研究員の方々の仕事を見ることができてとても楽しい経験でした。
今回、あらためて学んだことがあります。それは、歴史資料でもある美術作品を守ることを第一に考えるのであれば、経年劣化を避けるために人目に触れないように環境が整った保管庫に入れておくのがもっとも良いのですが、それでは意味がありませんよね。ですから、研究員の方々は保存修復に取り組みながら、常設展や特別展で展示する。日々作品の状態をチェックし、ときには国内外の美術館に貸し出すために、丁寧に包装梱包して移動させることが求められます。
常設展示のリニューアルを検討する会議で、およそ6000ものコレクションのなかからどの作品を選びどのように展示するのか、検討する研究員の方々の真摯な姿に感銘を受けました。常設展はお客様が馴染みの作品にいつでも出会うことができる場所であると同時に、日々、更新される研究成果、新しいコレクションをお披露目する場所でもあります。「なるほど、研究員の方たちは、このようなことを考えて作品を組み合わせているのだな」「並べ方によって、まったく新しい印象を与えることができるのだな」と、私のような美術の素人が見てもよくわかるように展示されていますし、美術の専門家が見るとその価値や意義がよりよくわかる、そのような展示を求めて現場でディスカッションをしています。実際は2時間ぐらい打ち合わせしているのを、数分にまとめましたが、その真剣さが伝わればと願っています。
――画面からは、美術館で働く人たちの本気度が伝わってきました。
私が務める桜美林大学で「博物館学」を履修している学生さんたちに映画鑑賞をしてもらいました。「学芸員ってこんな仕事なのか」「こんな大変さがあるのか」「こんな喜びがあるのか」といった率直な言葉、「美術館が置かれている状況について理解が進んだ」などの感想をもらいました。何人かの学生は、学芸員を目指す気持ちがより強くなったと言ってくれました。
やはり、教科書で学ぶのとは異なるメリットが映像と音声にはあると思います。例えば「学芸員が美術作品を丁寧に扱う」と書いてあったとしても、文章だけだとどう丁寧なのか分かりませんが、映像であれば、作品の扱い方、作品状態のチェックなど、研究員たちがどれだけ気を遣い美術作品と向き合っているのかがよくわかります。小さな傷を見つけたとして「いつ傷がついたのか」「どこで傷がついたのか」を明確にして履歴を残していく、そのことに息を詰めて集中する姿が美しいと感じました。
――大墻監督は素人とおっしゃいますが、素人ですか?
私は若い頃から美術が好きで、国立西洋美術館は、西洋美術の歴史を学び松方コレクションを楽しみ、「バーンズ・コレクション展」「プラド美術館展」「大英博物館 古代ギリシャ展」では世界各地の美術館の至宝の数々を堪能し、「クラーナハ展」「シャセリオー展」「北斎とジャポニスム」では、芸術文化に関する新たな知見を得た大切な場所でした。
NHKで歴史や美術の番組をディレクター、プロデューサーとして制作してきた経験がありますので、普通の方よりは詳しいと思いますが、西洋美術の専門家ではありません。あくまでも、一般の視聴者の目線で、美術やアートにまつわる話題をとりあげて丁寧に紹介し、興味深く視聴していただければと願い、ずっと仕事をしてきました。今回の映画制作でも、この姿勢に変化はありません。
――時折映し出される名画のクローズアップにも魅了されました。この撮影も監督がされたのですよね。撮影時にはどんなことを考えていたのですか?
作品が持つ魅力が伝わるように丁寧に撮影することを心がけました。スクリーン全体を覆う画面をつくりだすために、絵画全体の構図を優先するのではなく16対9の画角全体で迫力のある画面ができるように、描かれている人物や事物を切り抜きました。そして、油彩画特有のゴツゴツとした立体感や重量感のある映像を目指しました。撮影のときに、もっとも気を遣ったのは、やはり安全面でした。
――作品を梱包している美術品配送の専門業者さんが、持ち上げるときに息を合わせる様子も映っていました。
美術品を扱う方たちのプロフェッショナルとしての技術と、真剣に作品に向き合うお気持ちも映し取れたのではないかと考えています。
――ロダンの彫刻をクレーンで持ち上げる場面は、ドキドキしました。
研究員の方々の指揮監督のもと、そして保存修復の専門家の立ち会いのもと、美術品輸送の専門業者によって前庭の彫刻は丁寧に保護されて吊り上げられて保管庫に移動されたわけですが、その丁寧な作業の様子を映像と音声で記録することができたので、張り詰めるような現場の緊張感が伝わるのではないかと思います。
映画をご覧いただきました後、さらに深く国立西洋美術館をとりまく状況について知りたい方は、「国立西洋美術館の7年8か月―館長から見た国立美術館の活動」(2021 馬渕明子)を読まれると良いと思います。
私はNHKでおよそ30年間、番組制作に従事してきて、現在は大学で教職に就いています。第二の人生は、教育、研究、映像制作の3本柱で頑張りたいと願っています。「わたしたちの国立西洋美術館」はその大きな成果だと考えていますので、是非とも、たくさんの方々にご覧いただければと願っています。これからも映像と音声で社会の出来事を記録して社会の方々に伝える活動に邁進したいと思います。
--ありがとうございました。
【公開情報】関西では7/22(土)から第七藝術劇場(阪急十三)、8月4日(金)から京都シネマ(阪急烏丸/地下鉄四条)、8月11日(金)からシネ・リーブル神戸で公開。公式サイト https://www.seibi-movie.com/
©️大墻敦