執筆段階で一部の内容を朝日ファミリーデジタルのコラム「ソボクな謎解きし隊」でご紹介した、川西市在住の小田康徳さん(大阪電気通信大学名誉教授)の労作『川西の歴史今昔―猪名川から見た人とくらし―』が出版された。
一読しての感想は、猛スピードでぜいたくな“時間旅行”を楽しんだ気分になったということだ。古代、中世、近世、近現代という千数百年に及ぶ膨大な時の流れの中で、猪名川流域に暮らした人々が、どのように川とかかわり、その恵みを享受してきたのか――。歴史的な資料や図版を引用し、自ら撮影した写真も示しながら、やさしく話しかけるように書き進む小田さんの筆致は心地よく、読んでいて様々に想像が膨らんでいく。
書名に「川西の」とある通り、小田さんの住む川西市域が著述の中心になっているが、猪名川流域は、京都(亀岡市)・大阪(豊能町・能勢町・池田市・箕面市・豊中市)・兵庫(猪名川町・宝塚市・伊丹市・尼崎市)の3府県にまたがっている。
小田さんは「近世までの徳川幕府は、中世以来発展してきた共同体としての村の活力を生かし、村方のことはできる限り村に任せていました。明治以降に中央集権化が進み、近代的な地方組織が編成される過程の中で、比較的早くに猪名川が大阪府と兵庫県の境界とされました。川を挟んで管轄する府県が異なることが、その後の流域の歴史に大きな影響を与えたと思います」と指摘する。
猪名川の源流は猪名川町にある大野(おおや)山(標高753m)の山頂付近。1982年に完成した一庫(ひとくら)ダムを擁する一庫大路次川、余野川、最明寺川、箕面川、千里川などが注ぎ込み、伊丹市の神津大橋付近で藻川を分流し、尼崎市の戸ノ内町付近で再び猪名川に合流して神崎川に注ぎ込み、大阪湾に至る。本流の延長は43kmにもなる一級河川だ。そういった重要な川でありながら、右岸と左岸で管轄の違う猪名川は、どちらの府県からも「母なる川」と位置付けられてこなかったのではないだろうか?
郷土の地理と歴史は小学校で習う。しかし都市型の住宅地が多い中流域・下流域の自治体で暮らす人は、生まれ育った土地を離れて大阪や神戸などの街で働く人が多いだろう。
だからこそ、いま流域に暮らす人々が、身近に流れる猪名川の歴史をたどって先人たちの足跡を知ることの意義は大きいと思う。小田さん自身、生まれは香川県。30年以上暮らす川西市内を流れる「猪名川と人びととのかかわりを考察したい」とこの著書を書くことを志した。足元の自然を見つめ直すことで、不可逆的な時の流れの果てに立つ私たちは、先人から受け継いできた自然を未来に伝えていくために必要な課題を、大きな視点から考えることができるのではないだろうか。(季)